共鳴を通して確実に、目覚めであるとか意識の進化というものは加速されたと思う。
ただ漫然とたまにセッションを受けているだけでは、ある程度までしかいかないのかもしれないとも思う。
他人頼みではダメなのだ。何事も。
自分で満足して、そこで終わってしまうような気がする。
そこから先にいくにはたとえば、瞑想であるとか、食べものや生活、習慣や体を動かすことをしていかなければならないのではないか。
自分のコンディションを整える。
自分を整える。その努力は必要だ。
また、ここまで来たというような傲り、勘違いはかえって足を引っ張るような気がする。
ある意味、それは後戻りにつながる。前よりも深く彷徨う可能性はあるのだ。
どこまでいっても終わりはない。
最近、コンディションを整えられず、迷走している。
自戒をこめて書いてみました。