名言集 | セセデブログ

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慶です。今回は名言特集です。慶は、朝鮮大学校・文学歴史学部歴史地理学科(력지)の卒業生としての誇りを常に胸に秘めています。今回は主に社会科学(歴史)にまつわる名言をまとめました。けれども、社会科学だけに限定するものではなく、人間の生き様や考え方に通じると思った言葉を「慶が選ぶ名言」と題して紹介します。少々長いですが、興味のある方はご一読ください。

 

では、いきます。

 

△フランツ・ファノン

「植民地主義は他者の系統だった否定であり、他者に対しての人類のいかなる属性も拒絶しようとする凶暴な決意である故に、それは被支配民族を追いつめて、『本当のところおれは何者か』という問いをたえず自分に提起させることになる」

 

△E.H.カー

 「歴史とは現在と過去との対話である。現在に生きる私たちは、過去を主体的にとらえることなしに未来への展望をたてることはできない。複雑な諸要素がからみ合って動いていく現代では、過去を見る新しい眼が切実に求められている。歴史的事実とは、法則とは、個人の役割は、など歴史における主要な問題について明快に論じる。」

 

△和田春樹

 「政治と歴史をぬきにして経済と文化のみを語ることはできない。政治と歴史ぬきで経済のみを語るとすれば、日本の植民地支配は李朝社会に近代化をもたらし、今日の韓国の経済成長の基礎をつくったという議論や、クーデター政権の高度経済成長政策を讃美して、我慢していれば、その成長が自動的に将来民主化をもたらすという議論、ひいてはこののち日本と韓国が手を組んで水平的分業を進めていけばよいという統一の可能性を封じる議論などを導くであろう。政治と歴史ぬきで文化のみ語るとすれば、この国の政治的対抗を文化的パターンの問題に矮小化する議論や、文化から意味を奪って、皮相で、貧血したものにしてしまう議論にいきつくであろう。」

 

△マルク・ブロック

 「現在の無理解は運命的に過去の無知から生まれる」と指摘し、同時に「現在について何も知らないなら、過去を理解しようと努力してもおそらく同じように無駄」

 

△安仁屋政昭

「地を這う虫の目と、大空を舞う鳥の目で」

 

△後田多敦

「自らの来歴を知らない社会は、豊かな未来を切り開くことはできないだろう。

 

△鵜飼哲

「歴史の問題を考える時、歴史と主権という問題がどうなっているかに強い関心を持ってきた。国家主権という形で国民の形成がなされる過程は、必ずしも記憶の積み重ねによってばかりではなく、多くの場合、大きな忘却を経験することによってなされてきた。」

 

△アルベール・メンミ

 「それぞれの民族は他国を非難する前に、まず自国の偏狭なナショナリズムをこそ批判の対象にすべきなのだ。それが責任ある民族の向かうべき方向である。」

 

△西ドイツシュミット首相

 「日本はアジアの中に友人を持っていない。」「日本人は歴史の重要性を理解していない。」

 

△独ケーラー元大統領

 「ドイツ人の『過去から学びうる能力は、いまやわれわれの文化となり、われわれの特性となった』という自負。」

 

△チェ・ゲバラ

 「もしわれわれが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、できもしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう、そのとおりだ、と」

 

「甘ったるいと思われるかもしれないが、言わせてほしい。ほんとうの革命家は、大いなる愛情に導かれている。愛のない本物の革命かなんて、考えられない。」

 

△加藤周一

 「日本を純黒(好戦)でも純白(平和)でもない灰色と見てほしい。そうすると日本の実像が見えてくる。自国を見る時も同じだ。中国も天国ではない。絶対的判断をせず総合的に見ることで相手を理解し、自分も理解する。」

 

 「専門家や技術者たちが英知を集めれば、より速く、性能のよい自動車を製造することができる。だが、その自動車を手に入れて、どこに行くのか?行き先を決めるのはあくまで運転する人間であり、その人間の教養である。」

 

 「教養とは、英語でいえばリベラル・アーツ(Liberal Arts)である。その元の意味は「奴隷的または機械的技術」に対置され、「自由人」にふさわしい学芸(Arts)である。ここでいう「自由人」は、かつては特権的身分の男性に限られていた。しかし、現代においては、そうではないし、そうであってはならない。現代人に求められる教養とは、一言でいって、他者への想像力であると私は考える。」

 

 「過去が歴史なのではなく、現在を決定する過去が歴史なのである。」

 

△鄭敬謨

 「歴史的な偶然には必ず必然が内在しているのであり、必然は偶然を通してその姿を表す。」

 

△エドワード・サイード

 「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である。」

 

 「知識人個人にとって、人間の悲惨と抑圧に関する真実を語ることが、所属する政党とか、民族的背景とか、国家への素朴な忠誠心などよりも優先されるべきだということである。知識人の自主規制、リスクを意識しての沈黙、愛国主義的な大言壮語、そして過去をふりかえり過去のラディカルな自分を否定する芝居がかった転向―こうしたことほど、知識人の公的活動の信用を傷つけるものはないのである。

 私の知識人論の中で、ひとつの主題として重要な役割を演じているのが、普遍的で単一の規準にどこまでも固執する知識人の姿勢である。これは、いいかえると、普遍的な物を、限定的なものや、主観的なものや、いまとここに関するものなどと、どうからませてゆくかという問題である。」

 

 「アマチュアリズムとは…利益とか利害に、もしくは狭量な専門的観点にしばられることなく、憂慮とか愛着によって動機づけられる活動のことである。」

 

△板垣竜太

 「歴史意識は過去と現在のあいだの緊張関係の産物である。過去からの呼びかけを顧みようとしない思考は、自らを規定する力に対してすら無感覚となり、時流に流されるか、せいぜい「構え」をめぐる態度論に終始することになるだろう。反対に、現在との緊張関係を失った歴史研究は、過去を語ることの政治性、当事者性を見失うことになるだろう。」

 
△金石範

 「歴史の清算は記憶の抹殺ではなく、記憶の復活である。…権力、暴力によって葬られた記憶はたたかいによって蘇る。記憶は権力とのたたかいである。…私は日本を、過去の歴史健忘症が進んだ過去抹殺者と呼ぶ。」

 

△金平茂紀

「あったことをなかったことにはしない。それが誠実ということだ。歴史が権力者や支配者の都合のよいように書き換えられてはならないという意志によるものだ。そのことに強く心を揺さぶられずにはいられない。」

 

△渓内謙

「すべての権力は過去を自己正当化のために利用しようとする。しばしば正当化に不都合な過去を抑圧し好都合な過去を文脈から切り離して誇張し、歴史を虚構に変えることも辞さない。権力による過去の裁断にたいして歴史家はいかなる態度をとるべきか。権力の正当化に奉仕することもひとつのありかたかもしれない。事実これまで歴史家は自らの意思によりあるいは強制されて「史官」(歴史を編集する役人)の役割を演じた。しかし学問としての歴史にふさわしい貢献は、政治的正当化のために歪曲された事実を復元し、進んで権力の歴史的正当性を問い、権力を超える洞察を未来に投げかけることによって、権力から自立した歴史感覚と批判精神とが社会に根づくのに力をかすことであろう。」

 

△孫崎享

 「よく歴史とは、国家や社会、人間についての実験室のようなものだといわれます。私たちは人間に関わる分野について、ビーカーやフラスコを振って実験することはできません。その代わりに歴史の世界に入り込み、さまざまな試行錯誤を体験する。そのことで今日の課題を知り、明日にそなえることができるのです。

 私自身、四〇年近くを外交官としてすごしましたが、本当の外交をしようと思ったら、必ず歴史を勉強する必要が出てきます。相手国との間に横たわる問題を共同で解決し、友好関係を維持する。または敵対関係のなかで何とか妥協点を見いだし、最悪の事態を回避する。どちらの場合にも、本当に必要なものは情報です。そのなかでもいちばん基礎となる本質的な情報を与えてくれるのが、歴史の研究なのです。」

 

△林浩治

 「日帝時代に日本語で書くしか選択の余地がないほどの状況で、戦後も能力的・社会環境的問題において日本語でしか書くしかなかった(強制)彼らの作品→彼らは日本語文学史上の一時期に、一つの大きな塊(かたまり)として我々の前に現れ、そして民族を叫び、あるいは語ったのだった。そこから離れて私の「在日朝鮮人文学」は存在しない。」

 

△エイアル・シヴァン

 「私にとって共生は可能かどうかという問題ではありません。それは決意の問題であり、生き方の問題なのです。もしかりに明日、この日本がイスラエルのようになったとしましょう。…尋問、連行…その時、あなたがたはどうしますか? 自分は日本人だからよかったと考えて不正義を放置するか、それとも自分は日本人だからこそ、この不当な事態に責任があると考えて抗議するのか。そういう決意と生き方の問題です。私は後者の生き方を実践しようとしているのです」

 

△由美かおる

 「気持ちのしわは努力と工夫で減らせる」。その秘訣⇒「相手のミスを責めない」「見返りを求めない」「遅刻しない」「新しいことに挑戦する」「思い立ったらスタートを切る」「よいことは素直に学ぶ」⇒「それらを40年続けること」

 

△オノ・ヨーコ

 「ひとりで見る夢は夢でしかないが、みんなで見れば現実になる」

 

△高野登

 「いま動かなければ、死ぬときに後悔する」

 

 「怖くてもリングに上がらなければ勝者にも敗者にもなれない」

 

△マックス・ウェーバー

 「政治は『ロマンチックな感動に酔いしれたほら吹き』ではなく、『結果についての責任を痛切に感じる、成熟した人間』のわざと書いている。」

 

△小田実

 「自分の思想によって現実を変える働きを起こす・それを通じて思想を深めもする。」

 

△金大中

 「軌跡は、奇跡的に訪れるものではありません。…血と汗によって実現した奇跡であります。」

 

 「死んでも正義は勝つとの歴史を信じて生きてきた。」

 

「書生のような問題意識と商人のような現実感覚を持たなければいけないと思います。書生のような問題意識、つまり、原則と哲学を確固たる足場として固め、その基盤の上に商人のような現実感覚を備えなければなりません。」

 

「『行動する良心』になりましょう。」

 

 「私にとって最も怖いのは歴史の審判だ。我々はいっときは世の人々をだますことはできても、歴史をだますことはできない。歴史は正義の側に立っている。私は最後まで、歴史と国民を信じた。」

 

△サルトル

「私の知っていることは私の知らないことによって弁証法的に条件づけられているはずである・」

 

 「この言葉を筆者(ブルース・カミングス)は、調査は常に開放的でなくてはならず、答えを見つけると同時に新たな問題を追求せねばならない、ということを特に意味するのだと理解している。本書は、理論と謎、すでに答えの見つかっている古い問題となお残されている新しい問題とが組み合わさったものから始まり、展開し、終わる。つまりそれ自身の無知に条件づけられたテキストなのである。」

 

△八つの言葉

 「おはよう、おやすみ。いただきます、ごちそうさま。行ってきます、ただいま。ありがとう、ごめんなさい。この八つの言葉が言えれば、集団生活は円滑に行きます。これだけは常に口にしてください。」