有効的で効率的な人間社会の構築。
  ~求められる人材の育成と配置~

★医者が足りない。救急現場&産婦人科医。
 看護士さんに在る程度までの医療行為を緩和と言う施策も
 人材不足を補う為の一環なのでしょう。

 高齢化社会に成り介護士やその方面の人材不足も?まだま
 だあらゆる分野で人材不足が言われている半面、大卒者の
 就職内定率が60%台だとか---。

 教育の場でも教師の資質や人材不足問題が表面化していま
 すが、人材の適材適所と言う観点から考えるに、やはりこ
 うした問題は、ひとえに政治怠慢だとしか言いようが有り
 ません。求人者と求職者のバランスは政治的な背景がなけ
 れば改善しないのです。

 これ等の結果は、政治家が党利党略私利私欲に明け暮れて
 いた結果だと言えるのです。勿論立派な政治家がいないと
 言う訳では有りません。

 景気対策も外交も教育も福祉も一律に大事な事だと考えま
 すが、そうした中で満遍なく生き届いた政策を施行する為
 の政治家だと言う意識が欠けているのではと考えます。

 それは最終的にはそう言う政治家を選出した私達の責任だ
 とも言えるのですから、私達自身も今一度真剣に考える事
 が求められているのではと深く考える次第です。

 そして私たち庶民の考えと現状を中央まで届けるのも私達
 自身の務めでもある事なのです。そうした事を考えると如
 何に地方選挙や国政選挙への参加が大切かと言う事が認識
 できるのではと考えます。

 人間社会はギブアンドテイクで物事はスムーズに進むので
 す。一方的では必ず不平不満が発生しトラブルに発展しま
 す。これは政治も一般も同じなのです。

 私達は信頼できる人材を政界へ送り正解は庶民の為の施策
 を施すと言うの国と私達のギブ&テイクなのではと考えま
 す。教育の場も医療の場もその他多くの場でそれは言える
 事なのです。

 ローマは一日にして成らずと言う諺の通りで、物事は一朝
 一夕に解決を望むのは難しいのですが、緊急を要する案件
 はそれなりに相互間のギブアンドテイクが無くては解決で
 きないのです。

 私達に身近な問題ほどそうした精神で取り組む姿勢が大事
 なのではないでしょうか。私はそう考えます。
          翠山の自然流人間塾。
解っている事が何故出来ない?
  人生は自分だけのもの~
        
★誰の為でもない自分の人生なのに、
     その人生を巧く生きれる人は少ない。

 何故なのだろう。その一番の原因は人生(運命)に関する知識
 不足なのです。如何に生きたら望みがかなうのかが解らないゆ
 えに、好んで苦難の人生を選択しているのです。

 人生(運命)に関すつ知識とは何か、人生での成功法は個々一
 人ひとりで異なると言う知識なのです。自分に合った努力法が
 把握出来ない限り物事が順調に進展する事は難しいのです。

 自分を把握する為の知識さえ手にできれば、誰もが無駄のない
 素晴らしい人生を手にできるのです。人の望みは人それぞれで
 1千差万別ですが、自分の望みをかなえる為には自分独自の努
 力を要します。その努力法とは個々の個性や能力や適性を把握
 出来て初めて決まるのです。

 努力の無い人生は無いといいますが、その努力とは物事をまじ
 めにそして懸命に努力する事では解決しません。仕事に情熱を
 持ちしかも他人の何倍も努力したからと言って必ず成功出来る
 とは限らないのです。反対にそれ程真剣に努力もしないような
 のに順調に成功への道を辿る他人を見かけますが、その差は何
 なのでしょう。

 その違いは自分に合った人生を生きてるか否かの差なのです。
 自分に合った人生(生き方)を見つけた人だけが、自分の望み
 をかなえる事が出来るのです。

 然しこの世に完璧な物事は無いと言う事を悟る事も大切であり
 その上で自分の最良の生き方を見つける事が最も重要で大切な
 事なのです。それを見つけるには経験より知識が優先すると言
 う事も忘れてはなりません。

 知識即ち人生の道しるべは運命学でしか得ることはできないの
 です。運命学は人生の道しるべであり貴方に運命の全ての知識
 を授けてくれます。人生に運命学を採り入れましょう。
                翠山の自然流人間塾。
頑張りすぎると疲れる。
   ~無駄を省け~

★残業・休日返上等々職場事情は厳しい。
 まだまだ現在の職場では整った環境での就業は難しい。
 ブラック企業等と言う言葉が横行する事自体がおかしい
 とは思いませんか。

 就業事情の良くない会社が多い事は事実なのでしょうが
 長年の経済状況を見ると順調な会社だけとは限りません。

 倒産するより経営者側から考えると正しい選択であって
 無理からぬこととも言えます。勿論過度にそうして従業
 員を酷使する会社が無いとは言いませんが、いずれの場
 合でも労使間でのコミニュケーション不足ではと考えま
 す。

 人間社会には法律と制度と加規則等だけでは、わり切っ
 て解決できない事が一杯あります。

 何事でも一番大切な事は話し合いなのです。会社側にし
 ろ就業者側にしろ言い分は在るのです。それを一律に制
 度や規則で割り切る方が難しいのではと考えます。

 先ずは結果を恐れず自己主張する事が一番です。先に結
 果を恐れ手首に成る事を考えると何も言いだせません。
 それで自分が守れるなら別なのですが。会社側も倒産し
 ては元も子もないのです。

 内部告発でも同じです。大手のホテルやレストラン等で
 の食材の表示違反等が問題に成っています。それらは飲
 食業界に限らず何処でも問題を抱えています。

 それはそれらを一番良く解っている担当者や直轄上司が
 握りつぶしたり上への報告を恐れる為であり、結果的に
 は自己保全的な行いの結果にすぎないのです。

 某大手銀行の融資問題もしかり、食材偽装もしかり全て
 は会社内部の問題であり、最後は従業員に一番迷惑が降
 りかかるのです。

 それでも日本航空や大手銀行や東電の様な大手は国の税
 金で救われ成すが、中小の民間企業や個人企業違反が摘
 発された時点で多くが倒産しました。

 要するに起業にしろ個人にしろ守れるのは自分しかない
 のです。自分の立場を守りたければ、その方法を考え話
 し合うしかないのです。会社の言い分が納得出来るか、
 自分たちの言い分を通して貰うカは、双方で良く話し合
 う以外に無いのです。そのコミニュケーションの無い処
 は最後は双方が憂き目を見る事と成るのです。

 自己主張の結果は自然の理なのです。大半が若しくは相
 当数が賛成するなら結果は必ず良い結果を生むのです。

 それが制度や規則や善悪の判断には関係なく丸く収まる
 のです。これは個人の間柄でも家族でも皆同じなのです。
 先ずは結果を考えずに提案して見る事であり、良い方向
 へ修正して見る事なのです。そこでの善悪の判断は自然
 の理に沿うことであり、大局を見る事が大切なのです。

 何事も破綻してからでは遅すぎるのです。物事が破綻す
 る前に話し合う事が一番なのです。言ってみない事には
 解らない、聞いてみない事にはわからない。結果は自ず
 とついてくるのです。話し合い以外の交渉ごとはしょせ
 ん無駄な結果になりがちなのです。
             翠山の自然流人間塾。