一億総ガキ社会 「成熟拒否」という病 (光文社新書)/片田 珠美

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著者は精神科医なので、臨床事例をもとに考察がなされていて、冷静な意見が述べられている。タイトル「一億総ガキ社会 『成熟拒否』という病」からも明らかなように、成熟拒否が、自己愛的な万能感を維持する手段となっている事が、本書を通じて述べられている。

自己愛的イメージを保つためにとられる方法として、次の第一章から第三章で具体例を挙げながら見解が述べられている。第一章)ヘタを打たない事で保つ自己愛、第二章)他責によって自らを上位に置いて万能感を保つ、第三章)依存症によって自己責任の重圧から逃れる

60年代に起こった「規範からの解放」、70年代に顕著に表れた「自己の開花」という価値観は、外部からの規律を拒否して、自分自身の規範を自ら作り出さなければならないという自己責任という概念を生み出し、自分らしく生きる事を目指しつつ、社会に存在感をアピールし続けることの不安定さと難しさをあげている。

特に印象に残った、第二章 一億総「他責的」社会にある、より一部を以下に抜粋する。
・「人間の欲望とは、他社の欲望である」とフランスの精神分析家ラカンが言ったように、人間の欲望などというものは、所詮他の誰かの欲望を取り込んだに過ぎない。この基本原則が忘れられ、「自己の開花」が強調されるようになったために、「自分らしさ」を求めて「自己実現」やら「自分探し」やらに走りすぎた大多数の「普通の人々」は、「自分である事」に疲れてしまった。その結果、落ち込んでうつになる人々が増えている一方で、「実現すべき自己などない」、つまり自分が「空っぽ」である事を受け入れられない人々は、他人を責める事によって空虚感を埋め合わせようとしている。
・消費社会が「あきらめないで」というメッセージを送り続けている以上、「あきらめること」=断念を拒否する人々が増えるのは当然だろう。断念せずにすむ手っ取り早い手段が開発されたことが宣伝されればされるほど、以前であれば、「あきらめること」を受け入れざるを言えなかった人々も、あきらめられなくなった。(中略)あきらめきれない「成熟拒否」が増殖し、他方で、依存症が急増している。これは当然の帰結である。

総括的な著者の提言となる第五章「処方箋」は、割と一般的な印象と言わざるを得ないが、臨床に基づく著者の見解の後だと、やはり、言葉に説得力が増す。結局、避けて通れる道はないのだ、という事だ。
バブル女は「死ねばいい」 婚活、アラフォー(笑) (光文社新書)/杉浦 由美子

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ふざけたタイトルだ、と思って買った本だったが、意外と良かった。期待しなかったから良かったのか、作品自体が良かったのかは不明だが。。。

著者は私と同じ団塊ジュニアで、バブルの恩恵を受けられず、就職氷河期を始めとする様々な社会不安が渦めく中、”社会って、厳しいな”と実感しながら育ってきた世代だ。個性はあれども、バブル女と団塊ジュニアを全編にわたって様々な角度から比較/定義は、なかば冗談のような印象は拭えないのだが、かといって一笑に付してしまうには、説得力がある所も否めない。

例えば、「『なんとかなる』という根拠のない自信にみちているバブル女」、「自分らしさを捨てられない団塊ジュニア」、あ~、そういう感じの人、確かにいるなぁとうなずいてしまう。

一番気になったのは、第4章「キャリアと出産とバブル姉さん」の最後にある記述(P164)。
「つまり、バブルな『ワーキングマザー・コミュニティ』がいう『ワークライフバランスの推進』の本当の意味は、『女は補助的な仕事をしながら、出産して子育てをしろ』ということなのだ。しかし、バブル崩壊後、一般職採用は減少し、どこの企業も男性と同じ条件で働ける女性しか正規雇用者として採用しない。つまり、バブル女がいう『子育てとキャリアの両立素敵ママ!』なんていうのは、一般職社員採用がメインであったバブル世代までしかありえないものなのだ。」

↑もちろん一概にはいえないとは思うが、これを読んで、安心感を覚えたのも事実だ。
異形の日本人 (新潮新書)/上原 善広

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非差別地域を始めとする、マイノリティーとされる人々に焦点をあて、「忘れられた日本人」を見いだそうとしたノンフィクション。なぜなら、そのような人々を取り巻くある種の「タブー」とされる事にこそ、日本人の本質があると考えたと、著者は語る。

この本におさめられた6人の物語で、彼らを”異端”として排除しようとする言論は、読んでいてもやはり痛々しいものばかりだ。しかし、物語の主役となった人達の、その毅然と運命を受け入れた”生命力”に溢れる生き様に心を打つ。このような心に響く取材が出来た、著者の取材力を実感した。それだけに、もっと紙幅を増やして、深い内容を知りたくなってしまった。その物足りなさが残念である。