日本共産党 (新潮新書)/筆坂 秀世

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いわゆる「日本共産党」という組織の説明書のようなものだと思った。

一般的に説明書というと、商品に付帯されていて、その商品をどう使うかとする人には大変有益だが、

商品の説明のみの記載なので、読み物としてはあまり面白くない。

そういう意味で、共産党という組織について軽く触れてみたい程度の動機で本書を手にとっても、

あまり知的好奇心をそそられたり、刺激を受けるものではないというのが正直な感想だ。



更に、筆坂氏が離党したのをきっかけに書かれた本なので、

離党のきっかけとなったスキャンダルに対する言い訳と組織に対する批判は、説得力に欠けた。

その中でも、いくつか共感する内容もあった。例えば、共産党がいかに潔癖に徹しているかについての内容では、

その潔癖さが、組織をよくもし悪くもした点は同感。また、党名を変更たうえで社民党と一緒になって、

社会主義的政策を要求する政党になれば良いという、自民党の後藤田氏の発言の引用にしても、

共産党の良さを活かした次世代に向けた提案だと思う。



痛々しかったのは、ムネオ事件やKSD汚職事件の追及に「調査の共産党」を支える秘書軍団が

いかに活躍したかが述べられているが、ご存知の通り、現在は2つの事件ともに国策捜査疑惑にさらされている。

つまり、時の権力者に利用されていたということではないだろうか。
創価学会 (新潮新書)/島田 裕巳

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偏らずに、事実を淡々と述べている感じだが、全体としては創価学会にとってプラスのイメージに
つながる印象である。というのも、本書にも記されているが、この手の本が発行される時、
学会にとってよくないと思われるモノに関しては圧力がかかるのは当然である。
本書が発行されている時点で、創価学会としては許容範囲であったのではないかと容易に想像できる。

良いイメージと捉えた部分に関して、下記の通り抜粋する。

・「池田(創価学会の現名誉会長)は、一般の新宗教教団の教祖とは異なり、
 その霊的な力で病気直しを行うような存在ではない。むしろ、学会員にとっては、
 日蓮の遺文の解釈者であり、仏法の解説者である。(略)彼らが会員であり続けるのは、
 たんに池田を信奉するからではなく、相互扶助組織としての創価学会の一員である事が、
 現実的なメリットをもたらすからである。」(P170)

・「学会の中ではインテリ、知識人階層は必ずしも高く評価されない。インテリは、
 民衆である一般の会員に奉仕すべきであるとされ、その点を忘れていると、
 池田から容赦ない叱責を浴びる事になる。(略)インテリの否定と民衆の重視は、
 創価学会の組織が官僚化していく事を防ぐための手立て」(P179)

高度成長に押されて、農村部から都会に出てきた人達の、故郷から切り離された孤独感に
後押しされた創価学会の存在は、現在において、都会の周りとの人間関係が希薄な、
今まで以上に「つながり」を求められる時代において、どのような役割を果たしていくのか気になる。
とにかく、「相互扶助組織」としてメリットを感じて、創価学会に所属する人々の気持ちが
非常によくわかる内容だった。

人とこの世界 (ちくま文庫)/開高 健

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私が知っていた開高健は、全く違う人だった。

というより、マスコミによって切り取られた一部しか知らなかったため、
初めて開高作品を読んで、そのギャップにびっくりした。

釣りを愛し、グルメでもある趣味人的なイメージだったが、
本書では、豊富な言葉を自在に操りつつも、それでもまだ”言葉の表現力”に不満を持ち、
繊細な感性を躁鬱病とともに磨きをかけ、外見から、内面から、そしてあらゆる角度から対象物を描き出していた。

この作品では、当時の日本を代表する作家や詩人、芸術家たちが対象となった。
開高氏にとって人生の先輩であるうえ、いづれも一筋縄ではいかないクセのありそうな人物ばかりである。
そんな状況の中で、それらの人物に対峙する開高氏の度胸と好奇心にまず感心した。
そして、このような師弟関係にも似た人間関係を築いた開高氏の人柄に魅力を感じた。
大胆ながら抑制のきいた表現は、時には生意気に響く事はあっても、それが氏の魅力ともなった。
そして何よりも、言葉遣いの豊富さと表現の自由さに接したのは、今後読書を続ける上でとても大切だと思った。
最初はその型破りな文章に慣れなかったが、一度慣れてしまうと、普通の文章が飽き足らなくなってしまう。
おかげで、ますますくだらない本が読めなくなってしまう。。。


とにかく、その人物を知るには、その人が残した作品に直に接する事がなによりである。
読書の醍醐味と言ったら大げさだろうか、でも、それを実感する読書だった。