近頃、個人的に好きな文化人が立て続けに逝去された。

緒形拳氏
様々な名作があるのに、少し的外れかも知れないが、
TBSドラマ「愛はどうだ」では
妻をなくし、3人の娘を育てながらも男として器用に生きるサラリーマンを演じていた。
中学生の田舎坊主であった私に初めて「オトコとしての魅力」というものを教えてくれた。
ちなみにこれには福山雅治がドラマ初出演。
当時から恰好宜しかった。
筑紫哲也氏
ニュース23のキャスターとしてまたまた中学生の頃からお世話になっていた。
リズムやトーン、抑揚の付け方まで、素晴らしく聞き手に心地よい話し方はプライムタイムのキャスターで随一であった。
「TBSは死んだに等しい」という言葉が取り上げられるが、個人的には「パスポートが小さくなるとパスポートサイズのビデオカメラはどうするのでしょうか」(パスポートリニューアルの際の多事総論での発言)
この様に、「代打」の効かない大きな「個性」を持つ偉人は数多くいるものではない。
淋しい気持ちだけでない喪失感がある。
私の場合、このような人々に対する憧れが、やや違う方向に向いてしまい、残念な結果になりつつあるが、改めてご冥福を祈りつつ、これからも憧れ続けたい。
※敬称が完全ではありませんが、歴史上の人物や偉人に敬称使わないのと同じこととご理解ください。
味噌煮込んでみました。

もつではよくありますが、豚肉のこまぎれです。

煮込むとやわらかくなりおいしいです。
ごはんにぴつたりですね
彼は時代の寵児とよばれたが、それから約10年、詐欺容疑に因る逮捕と相成った。
これは事実として遺憾であるが、それに伴う反応については些かの疑問が残る。
ラジオ、テレビ局は彼の楽曲および、プロデュース作品の放送を自粛。
これはどういうことなのだろうか。
私見で申し訳ないが、「彼」と彼の生み出した「楽曲」は別もので、楽曲には罪はない。
ここにまで過剰な配慮が及ぶのはいかがなものだろうか。

罪を憎んで人を憎まずといったもので、
その音楽とともに蘇る人々の記憶までは自粛できないだろう。