彼は時代の寵児とよばれたが、それから約10年、詐欺容疑に因る逮捕と相成った。
これは事実として遺憾であるが、それに伴う反応については些かの疑問が残る。
ラジオ、テレビ局は彼の楽曲および、プロデュース作品の放送を自粛。
これはどういうことなのだろうか。
私見で申し訳ないが、「彼」と彼の生み出した「楽曲」は別もので、楽曲には罪はない。
ここにまで過剰な配慮が及ぶのはいかがなものだろうか。

罪を憎んで人を憎まずといったもので、
その音楽とともに蘇る人々の記憶までは自粛できないだろう。