私は今朝、昨日同じ団地内で訪問マッサージ業者さんを見つけ、電話し、自宅で事情を聞いてもらった。現在の私の首の状態をみて一人で頑ばらないで、応援するからといわれ涙が出た。

 医師の承諾書が必要になるため、国立精神・神経センター病院へ車で送って、診察、支払まで同行。帰り道は、市役所で乗りすてたMマウンテンバイクまで回収自宅まで送っていただいた。

人間困っている人を助けてあげることは勇気がいるが。素直に受ける側も遠慮せず行為を受けてしまってもいいのではないかと思った1日でした。
金曜日新潟に帰る予定が、大雨で西武線が動かない。そこで清瀬駅前に市民図書館発見、PCでインターネットが可能と思っていたら、だめだった。場所は駅から近く、西友ストアの5Fにあり便利だ。

住居を東京都にしといてよかった。日本の首都東京チャンスはまだまだ
たくさんある。SkypeでKさんに話せたし、気持ちも癒されくびのいたみもやわらいだ。話を聞いてくれる人の存在はきい。

結局就職活動をしている若年PDには出会えなく、ほかのPDさんとの交流を深めることはできなかったし、唯一長く話をしたTさんには、完全拒否され、このコミュにもいられなくなった。

自分の年金や雇用といった切実な問題があるのに、政治を変えようと選挙に行こうとしない世代だ。自宅でのほほんと生活している若者は、今後親の失業、離婚、災害何があってもおかしくない時代親が死んだ後の生活設計など考えないのか。最後のメッセージでした、

私のマイミクになっていただいた皆さんここでの活動を休止します。
支えてくれた方ありがとう。ここで私は自分の事を理解してもらう
ためにあせりすぎていた。ゆっくり休養、自分を見つめ直し東京で
再チャレンジします。
さようなら、
私は書き込みを始めたのは、P病友の会に入会し、富山大会参加し若年部会で大阪支部の支部長Mさんに出会い、若年性年部会で会の激減する、問題解決にApple掲示板、テレビの利用してはと言う発言をしました。東京本部kさんにMixiの当サイトの話も聞いていました

 大阪のMさんが中心に現在のJPDAの若年部会の掲示板として若年性PDの掲示板を立ち上げ、4.11日の若壮年の会の開催のこと、現在年代別に、若年の患者会が分裂していることを危惧しておられ、Appleや若年性掲示板にどんどん書き込み、活性化させて欲しいと言われ始めました。

掲示板で初めて書き込みすぐ返事をいただいたTさんに対する感謝の思いから実際にどんな人物か知りたくて、勇気を出して連絡をとり会うことになりました。

実際お会いしたり電話した方は分かるでしょう。のんびりしたのほほんとした声、早く会いたい。掲示板の中でしか話をしていいないと勝手に文章から感じるイメージが先行し、勝手な人物像を作り上げてしまう。こんな気持ちは何年なくしていただろう。となっていて

 私の書きこみで初めてレスをもらいTさんへ直接話してみてはと電話番号をを聞き掲示板で初めて書き込みすぐ返事をいただいたTさんに対する感謝の思いから実際にどんな人物か知りたくて、勇気を出して連絡をとり会うことになりました。

実際お会いしたり電話した方は分かるでしょう。のんびりしたのほほんとした声、早く会いたい。掲示板の中でしか話をしていいないと勝手に文章から感じるイメージが先行し、勝手な人物像を作り上げてしまう。こんな気持ちは何年なくしていただろう。ちょうどその時コミュの主催者MさんにMailもらい相談しに東京に行くことにしました。

その後、MさんからMixiのコミュ誘っていただき、7月11日にオフ参加することになりました。

朝一バスに乗り、乗り高速バス新潟-池袋行き何とか乗り込む。障害者手帳で高速バスは運賃半額リーズナブルである。2時00もうすぐ池袋だ。Iphoneは進化を続け、絵文字,携帯番号でSMS使用可になりました。試しにTさんにSメールして見た。流れた。 そのまま電話してみた

 のほほんとした甘い声、性格よさそうな娘の予感、夕方アポを取り。そのまま地下鉄新都心線で新宿へ向かう便利になった。新宿公団住宅募集センターに行き、運よく現在の住居が決まる。

新宿御苑に向かう。なぜか案内図と違うな、大きい工事中のマンションだ。まさかここがと思い30分探す。見つからないので聞いてみた。なんだここだ。灯台元くらしだった。

これが私の患者会の活動の元点です