人それぞれ生活環境の違いから考え方は違って当然、自分のことを理解してくれ、怒らない人とだけに囲まれ生きていければ楽だし、楽しいでしょう。

それは私自身、仕事で自分と仲のいいと仕事するのは楽しかった。しかし意見の合わない人との仕事のもあり、割り切って仕事はきちんとこなしてきました。以前はしつこい嫌がらせをしてくる相手と喧嘩しやめることも多かった。

今回患者会での出来事はこうした2人がお互い人の気持ちがわかるように精神的に成長するための、神が与えた試練なのかもしれません。

私は彼女から、環境を整えようとするのは素晴らしい事だと思います。公的な人、医療関係者、職場の人、近所~友人、じぶんとじぶんの病気の特徴をわかってくれる人が周りにいればいるほど、あ・ん・し・ん するんです。

ひどく落ち込み何も手につかない状態にしないのが一番です。
独りで抱え込まない事ですと言われ、自分で弱いところ」をどんどん克服し自身を取り戻してきてきました。

私が転居して初めてふとんも何もない部屋で風呂に入り、これまでのことを考えているうちに、眠ってしまい、はっと起きたた瞬間、携帯電話が鳴り電話があり彼女から『関西弁と違って標準語の書き込みはきつくとられて自分の言いたいことを理解してもらえないという悩みを聞いて、
私の悩みも聞いてくれ、みんな病気で心も病んでるんだしょうがないよねーて笑って話して 心を開いて話をし彼女が、私を人の話を聞ける人だったんだと認めてくれ2時間から3時間も話をし、うれしかった今でもその思いは変わらないんです。

今回私が提起したのは、彼女が地元の東村山市で患者会の管理人をやっており、在るPDさんとトラブルになり、管理人を投げ出しやめてしまったことに起因しており、ハルさんも、荒らしに弱く掲示板の管理を投げ出してしまい、私に副管理人を打診したり、日記にコメントしたりめーるするほどやさしい人です。

そんな自分の弱さを互いに理解できるほかのお二人は彼女との付き合いが長く、彼女の攻撃性を理解してるためか彼女が人を傷付けても怒らず逆に彼女のためを思って、忠告してくる。人間の意見を聞き入れず守りに入るのです。

本当のやさしさとは何でしょう。私は本音で語れるサイトになってほしいんです
これを消したら自分の弱みを自ら認めることです。この病気になってから私は掲示板
で、人間関係やネットの怖さを学び、強くなれました。

お互い実際にあって話せば理解できると信じております。誰も人を傷付けて後悔したくないと思います。感情的に反発すればどんどん溝は深くなります。和解できるよう願ってやみません。

某人それぞれ生活環境の違いから考え方は違って当然、自分のことを理解してくれ、怒らない人とだけに囲まれ生きていければ楽だし、楽しいでしょう。

それは私自身、仕事で自分と仲のいいと仕事するのは楽しかった。しかし意見の合わない人との仕事のもあり、割り切って仕事はきちんとこなしてきました。以前はしつこい嫌がらせをしてくる相手と喧嘩しやめることも多かった。

今回患者会での出来事、民ちゃんと出会いはこうした2人がお互い人の気持ちがわかるように精神的に成長するための、神が与えた試練なのかもしれません。

私は彼女から、環境を整えようとするのは素晴らしい事だと思います。公的な人、医療関係者、職場の人、近所~友人、じぶんとじぶんの病気の特徴をわかってくれる人が周りにいればいるほどあんしするんですひどく落ち込み何も手につかない状態にしないのが一番です。独りで抱え込まない事ですと言われ

 実家に帰り病気のこと、就職で東京に行くことなど、自分の姉話し楽になり、親類、近所の人に伝え、東京に引っ越し、まず、友人に話し、保健所の難病対策員Aさんとであい、上京後すぐ相談に乗ってもらったYさんご夫妻とは、一度度決別後、私から電話して人間関係を修復、自分で出会った多くの人と話し、多くの悩みを克服し自身を取り戻してきてきました。

病気になって初めて解ったこと、人間1人では生きていけない
多くの人たちと出会い直接話人し。自分から積極的に行動すれば
助けてくれる人は表れチャンスのやってくることを実感しまし。た
私は書き込みを始めたのは、最初P病友の会に入会し、富山大会参加し若年部会で大坂支部の支部長Mさんに出会い、若年性年部会で会の激減する、問題解決にApple掲示板、テレビの利用してはと言う発言をしました。東京本部kさんにMixiの当サイトの話も聞いていました

友の会のMさんが中心に若年の掲示板を設立され、発展して現在のAPPLE掲示板となっていて、現在年代別に、分裂していることを危惧しておられ、Appleや若年性掲示板にどんどん書き込み、活性化させて欲しいと言われ、書き込みを始めました。

そこで私の書きこみで初めてレスをもらった。Tさんへ直接話してみてはと電話番号をを聞きちょうどその時当サイトの主催者MさんにMailもらい相談しに東京に行くことにしました。

その後、MさんからMixiの当コミュ誘っていただき、7月11日にオフ
参加するることになりました。

朝一バスに乗り、乗り高速バス新潟-池袋行き何とか乗り込む。障害者手帳で高速バスは運賃半額リーズナブルである。2時00もうすぐ池袋だ。

Iphoneは進化を続け、絵文字,携帯番号でSMS使用可になりました。試しにTさんにSメールして見た。流れた。
 
 そのまま電話してみた。のほほんとした声、性格よさそうな娘の予感、夕方アポを取り。そのまま地下鉄新都心線で新宿へ向かう便利になった。新宿公団住宅募集センターに行き、運よく現在の住居が決まる。

当掲示板で初めてすぐ返事をいただいたTさんに対する感謝の思いから実際にどんな人物か知りたくて、勇気を出して連絡をとり会うことになりました。

実際お会いしたり電話した方は分かるでしょう。のんびりしたのほほんとした声、早く会いたい。掲示板の中でしか話をしていいないと勝手に文章から感じるイメージが先行し、勝手な人物像を作り上げてしまう。こんな気持ちは何年なくしていただろう。

新宿御苑に向かう。なぜか案内図と違うな、大きい工事中のマンションだ。まさかここがと思い30分探す。見つからないので聞いてみた。なんだここだ。灯台元くらしだった。

これが私の患者会の活動の元点です