1964年(昭和39年)6月16日13時新潟国体開催後新潟県粟島沖で発生した新潟地震の後、新潟日報社の『新潟地震の記録』写真集が発行され、わが家にもあり、液状化現象の被害の写真を良く見ました。中央区川岸町の県営アパートがパタンと横倒しになったり、新潟空港近くの昭和石油新潟製油所の石油タンクが黒煙を吐き12日間も炎上し続け、周辺の民家にも延焼して、国内で起きた史上最大・最悪の石油コンビナート火災でした。
本震の15分後発生した津波で信濃川の堤防が決壊し、山ノ下地区の実家は床上浸水で冠水は1ヶ月も続き、小学校での避難所生活になりました。ライフラインはズタズタになり、給水車で水を飲料水を確保。お風呂はほとんどは入れなかったらしいです
11日に宮城・三陸沖で発生した大地震からもう一ヶ月が経過しました。広範囲にわたる被害ですが東北地方の太平洋側をを震源地として、秋田、山形は被害がありません。
、新潟市が大きな被害を受ける地震は発生しないと思います。可能性としては、長野県、上越地方で大地震が今後発生した場合です。
今回千葉の浦安市が埋立地の為液状化で、地割れで段差が出来たりや電柱が傾いたり、危険な状態、一番困ってるのは、余震が続きライフラインが配管のズレ、曲がりで復旧が遅れていることです。
家も中途半端に壊れると保険も出ないし…そもそも地震保険に入ってる人は少ないしx( ̄∩ ̄#

