タイトル︰「月で読む絵本」
アーティスト︰クジラ夜の街
その勢いが凄すぎて、瞬く間にフェスのメインステージにいるということもあったりするのです
トンボコープやConton Candyはいつメインステージに立ってもおかしくないと思っているのですが、若手の中でも特にずば抜けていると思っているのがクジラ夜の街
2022年にリリースされた「夢を叶える旅」はあまりの出来の良さに、集計ギリギリのリリースながら年間ベストアルバムにランクインさせたほどです
そのクジラ夜の街が遂にメジャーで初のアルバムをリリース
タイトルは「月で読む絵本」
「ファンタジーを想像するバンド」をコンセプトにしているバンドらしいタイトルですが、同時にボーカルの宮崎は絵本をずっとテーマにしたかったとのこと
つまりこのアルバムは様々なファンタジーが集った1枚ということです
エモーショナルなギターや破壊力抜群なドラムが溢れる「欠落(Prelude)」を導入とする「輝夜姫」はタイトルで察することも出来るかもしれませんが、「かぐや姫」がテーマ
導入の「欠落(Prelude)」の流れを引き継いでいる部分もありますので、エモいところは残っていたりしますが、もう1つのテーマは「命のやりとり」
恐らく「かぐや姫」の終盤、月に帰るシーンと命の終わりを組みあわせたのだと思いますが、鍵盤がメロウだからこそ考えさせられますし、
「僕ら物語じゃないからさ
そんなにうまくはいかないが」
も至極真っ当ですが、
「物語だったとしたら
ここで終わるなんていけないな」
とバッドエンドで終わりたい方なんて、そういないはず
「僕の大天使よ
月へ還る君よ
どうかずっと見ていてくれよ
僕の全盛期を
あんたとの日々で
終わらせないよ
終わらせないよ」
のように、最愛の人に先立たれても、進んでいく
それが「輝夜姫」のテーマな気がします
続く「華金勇者」のモチーフは勇者
でもこれは各所のインタビューや歌詞を見れば分かるように労働賛歌(かつ、SAKEROCKのオマージュと明言してますが、一体どこらへん…?)
ストロークを中心にうねりまくるようなベースが印象的で、最後には凄まじいドラミングもあったりと、ホーン以上にリズム隊が躍動しているのですが、
「人間様はうつくしいぜ
剣のように優しいね
あなたの汗
輝いてる
どの星の放つ光よりも」
と人間をこれ以上ない程に称賛
他の生物に「働く」概念があるか、考察するのは簡単ではないとと思いますが、少なくとも心は洗われるはずです
効果はあるかはともかく、就職支援サービスのCMで採用されてもいいような汗
「ダークヒーロー」をモチーフにしつつ、各々のスキルがこれ以上ない程発揮(実際に聞いたほうがあまりに凄すぎるスキルを体感できるでしょう)される「BOOGIE MAN RADIO」、終電間際のプラットフォームを武器にダブステップのような曲調で「頑張りすぎないこと」を後押しする「裏終電・敵前逃亡同盟」、「闇芝居」の主題歌に起用され疾走感もあるのにアニメのダークな雰囲気がまとわりついている「マスカレードパレード」と先行シングルもとにかく濃い
1つ1つに物語があり、それでもどれ1つ欠けたり浮いたりしないのは、毎回ハイクオリティな曲を生み出せているということでもありますが、ファンキーなリズムと共にギターが飛び道具のような役割も果たしている「ロマン天道説」の歌詞はなんと10代の頃に制作されたもの
しかも宮崎って、ついこの間大学を卒業したばかり
元々クジラのメンバーって所属していた高校の軽音楽部が厳しいことで有名でして、高校からベースを始めた佐伯なんて、かなり必死だったようですが、それで
「僕のロマンよどうか時を越えて
届いたりなんかしたりして」
なんて書けるのは凄い度胸があると思います
このフレーズは誤解されてもおかしくないでしょうし
そのうえでこのアルバムは、もろにジャズの影響を匂わせる「分岐(Interlude)」から大きく変化
正攻法のパンクロックである「RUNAWAY」からはファンタジーからより現実に向かっていき、
「終わりはない
とめどなく始まるこの世を攻略すんだ
人から人へとうつりゆくのは
病気だけではないはずさ」
と感染症を逆手に取りつつ、
「憧れとか喜びってやつが
次の不安を育てんだ
迷える心に罪はないから
どこまでも
どこまでも」
とリスナーの背中を押す姿勢に
爆音のギターソロも頼もしいのですが、2022年に発表されていた「踊ろう命ある限り」は今なおインパクト大
初めて聞いた際には、「これだけ情報量多い曲をよくキャッチーに出来たなあ…」と宮崎達の鬼才ぶりに驚かされましたが、
「断言する
僕らに来世は無いぜ
この世はボーナスです
謳歌しようぜ
衝動止めないで」
は宮崎のスタンスそのものでしょう
来世があると最初から考えない
有無に関わらず、もう1回人生があると思い込んだら生き方も大きく変わってしまうでしょう
だからこの世こそをボーナスゲームと考える
素晴らしい姿勢だと思いますし、これが宮崎の動力源では無いでしょうか
比喩表現が分かりやすく、高校時代からあったらしい「ショコラ」を終えると、アルバムはいよいよ終盤
ベースソロに音が少しずつ重なって色づいていくような「海馬を泳いで」を導入とする「Memory」はカンパネルラが出てくる歌詞から想像がつくように、「銀河鉄道の夜」が元ネタになっているのですがノスタルジックどころか、ピアノエモと称してもいいような爆音ギターソロや速弾きギターが炸裂
加えて、
「思い出に生かされていたんだ
でもそれだけじゃとても空虚なんだ
新しい僕が黙っていないな
新しい僕が黙ってないな」
と思い出だけで生きていくのではなく、空っぽの身体を満たす何かと共に生きなければ
大切な人を喪失したあと、この「Memory」を聞いたらよりそう思います
そして最後の「Time Over(Postlude)」、「Postlude」の表記は物語がここで終わることを示唆しているのだと思われますが、
「my time is over
世界で一番優しい時間切れだ
大渋滞 今夜
隣の席からの眺めが新しい時を刻むよ」
とファンタジーから日常に戻り、時空を元に戻すように爆音のギターソロがなる
そんな、壮大すぎるエピローグになっています
クジラ夜の街は1曲1曲が短編小説のような世界観
なのでアルバムで聞くと、作品集を聞いているような感じがするのですが、同じくファンタジーをテーマにしたSEKAI NO OWARIと異なるのは、クジラ夜の街は徹底的にロックしていること
かつ現実とリンクしている曲が多いので、現実にファンタジーが作られている、そんな感覚がしています
このアルバムレビューを掲載する頃には既に新曲「美女と野獣」が世に放たれているはず
次の作品も短編小説のようにするのか
あるいは、コンセプトアルバムでも作って統一感ある世界線にするのか
宮崎はあるサイトのインタビューで「満足してない」と語っていました
宮崎が満足するアルバムと、はどのようなアルバムかにも注目です
これからが目を放せないバンドなので是非!!