高校の体育祭です。

我が校は、誕生月にわかれて戦っていました。

3月生まれの私は春組です。4・5月生まれは一番の成長期で、なのに3月生まれが邪魔をして、強いのは6・7・8月生まれの夏組だった気がします。

夏組はお祭り騒ぎが大好きで、揃いのTシャツの背中には真っ赤な文字で『夏』!

1年女子はチアガールを命ぜられていて、けれど私はミニスカートにポンポンフリフリなんて嫌で、応援団に入団しました。

数少ない女子はひとクセありそうな子ばかりで、私は頑張りました。今でいう『アオハル』でしょうか?

皆が『夕やけニャンニャン』をみていた頃、私はTVKの『ミュージック・トマト・ジャパン』をみていました。

当事あまりにもダサいタイトルが恥ずかしくてならず、でも今となっては懐かしい番組です。

奥田民生がゲストで、『僕、背が低いんで髪立ててごまかしてるんですよ』。⬅我が兄『こいつ面白え!』。

『セーラー服を脱がさないで』なんてつゆ知らず。そして春組応援ダンスが『六本木心中』になるのもつゆ知らず。

応援団は、通常の応援の他に披露するダンスがありました。

毎日、朝練でした。『♪だけど男だなんてぇ』一番後ろの隅っこの私に先輩がひとこと、『あのコ、いい!ちょっとみんなの前でやってみて!』踊りました。こんなことは、後にも先にも、これ限りでした。

揃いのハッピを縫うことに。真っ黄っ黄のテカテカの布で皆一緒に。

なのに私は思い切り間違って裁ってしまい、泣いてしまいました。

今思えば多少不恰好でも際と際を縫い合わせばいいのに、先輩にも心配をかけて、幼い涙でした。

そして体育祭当日。

春組応援団は、上は男子の詰襟で、下は剣道部の袴を借りました。

『燃~え~ろ、燃~え~ろ、は~る~ぐ~み、燃~え~ろ』
うんざりしている先輩は、『や~め~ろ、や~め~ろ、は~る~ぐ~み、や~め~ろ』。

ですが残暑の太陽の下、私は脱水症状をおこし、夏組の兄におんぶしてもらい、聖マリアンナへ搬送されてしまいました。

くやしくて、又、タクシーの中で、私は泣きました。

春組は何位だったのでしょうか。

わかりません。