主は、あなたが地に蒔く種に雨を与えられる。/地の産み出す穀物は豊かで栄養がある。/その日、あなたの家畜は広い牧場で草を食む。/地を耕す牛やろばは/シャベルや箕でふるい分けられて/発酵した飼い葉を食べる。(イザヤ書30章23-24,協会共同訳)
サイレージ(発酵飼料)とは、多く家畜飼料を酸素に触れないように貯蔵し、
乳酸または酪酸発酵を促し、栄養価と水分が高いまま、
容積を減らして長期貯蔵出来るようにしたものです
冬期、特に家畜が野外で新鮮な牧草を食べることが難しい、
寒冷地の畜産業にとっては、とても大切な技術です
また、牧草や穀物そのままより、家畜の食欲が増すことも多く、
体重を増やし、肉量・乳量を増やす働きもあるので、
家畜(ではなく農家かな?)にとっても優しい発酵食品でもあるのです
大学時代、根釧台地の酪農の牧場を、
何回か見学させてもらうことがありました
農場の規模も、牛舎の形も様々でしたが、
いろいろな形のサイロや、
飼料を、サイロで貯蔵する代わりに巨大な丸い缶詰の形にラップして、
牧場に転がしている、ロールベーラーサイレージを見る機会もあり、
サイレージの、発酵熱で暖かい、
また発酵した匂い等の感触を覚えています
ところで、このサイレージについて、
歴史的文献として、実は旧約聖書が大きな意味を持っています
同時に、旧約聖書の中の考古学的資料としてだけでなく、
民の信仰に関わる農業の役割についても、
示唆するものが大きいと思われます
聖書の「発酵させた飼葉を食べる」という言葉、
戦後すぐに発行された古い口語訳では「塩を加えた飼料を食べる」です
直訳では、「味付された,添加された」なので、
戦後すぐの頃まで訳語が混乱していたのですが、
近年の訳も大部分では、飼料に何かを加えるという意味でなく、
牧草,穀物を貯蔵して発酵させる発酵飼料、サイレージと明記されています
これは、牧草を発酵させサイレージを作って貯蔵する、
サイロという言葉の方が日本では知られているでしょう
円筒形の建物の尖がった屋根の、塔型サイロが有名です
塔型サイロは温度低下と酸化による発酵阻害を防ぎ易く、
品質が良いサイレージが作れるのですが、非常に労力がかかり、
今は箱型のバンカーサイロや、ロールベーラーサイレージが主流です
この聖書箇所を特に挙げるのは、これまで世界で、
最も古い発酵飼料の記録の可能性があるとされて来たためです
発酵飼料は、古くは古代エジプトのB.C.15cの壁画に描かれています
古代エジプトは本来砂漠の不毛の地でしたが、
ナイル川の灌漑技術を発達させたことで、
強い軍事力と同時に、
同時代の世界でもとりわけ発達した文明を持ちました
微生物の恵みによるサイレージ技術も、その1つと考えられます
それほど重要視されないながら、ある意味世界史の常識として、
古代エジプト文明の最大の成果の1つが、農業技術での革命です
他の文明が、元々豊かな広い地で、
ほぼ原始的な農業を行なっている時代に、
エジプトでは先進的な農業技術で、水を管理して大規模農業を実現し、
一方価値の高い商業作物を見出し、高度な栽培法を開発しました
結果、本来不毛の砂漠の地で、強大な国力を得たのです
その文化圏に古代パレスチナも入っていました
先程の発酵飼料も、文献に出てきた時代としては、
本日のⅠイザヤ書(B.C.700年前後)が最古と言われてきましたが、
今は、かなり揺らいできたようです
詳しい話をすると、預言者Ⅰイザヤの活動は、B.C.8c末-7c初
他に同時代に作られたとされるホメロス「オデュッセウス」等には、
地中に貯蔵された穀物等が出て来ます
ホメロスの作品は、2-300年後に書き留められた、
吟遊詩人の伝承で、時代の比定は困難です
しかし、ギリシャでⅠイザヤの活動と同じ時期に、
家畜の飼育が拡大化したという考古学的証拠もあり、
このころ、エジプトから地中海文化圏に、
高度な牧畜文化が伝えられた可能性は高いとされています
また、イザヤ書の上記の箇所が、約150年後の、
バビロン捕囚末期のⅡイザヤまたは他の無名の預言者の、
書いたもの(加筆)という説が、最近では有力になりつつあります
イザヤ書の記述が最古のサイレージの記録とするには、
信ぴょう性が揺らいではいます
しかしそれ以上に大きな意味を持つのが、
聖書の民とメソポタミアの関係です
イザヤ書の書かれた時期がもしB.C.6cとしても、
そのころまでに、発酵飼料の技術が、
バビロンはじめ、メソポタミアに導入された形跡はありません
天候任せの、コムギ等穀物の素朴な栽培や、
自生した牧草による牧畜業がほとんどだったわけです
その地に囚われていった捕囚の民は、
広大で肥沃な地を背景としたバビロニアの、
経済・軍事の力としての強さこそ実感しましたが、
その一方、ユダヤでは行なえていたのにメソポタミアでは叶わない、
自然を巧みに利用した農業技術による豊かな恵みを、
懐かしんでいたと、ここから窺えると思われます
上記の聖書の記述は、パレスチナの地でかつて浴した、
そしていつの日か帰還できたなら、再び与えられるだろうと焦がれる、
神からの恵みを語っています
つまり農作物のみならず、農業技術そのものも、
民を豊かに養っていく神が与えられたかけがえのない恵みとして、
今は叶わないながら、
再びその恵みの中に生きることを心から願っている
そのような言葉と受取れるのです(2026.2)
