2024年1月の能登地震から1年半、同9月能登豪雨から9ヶ月

体調の問題で、被災地に足を運ぶことが出来ないことは、

阪神・淡路大震災以来各地の災害支援に関わってきた者としては、

忸怩たる思いです

 

その能登半島で、地震・水害の被害が大きかった中で、

被災が厳しかったにもかかわらず、

珠洲市・能登町・輪島市と比べ、人口が少ない=被災者・犠牲者数が少なく、

また観光地としての知名度が低いため、

今、支援が集まり難いと言われている自治体に、

七尾湾奥に面する、穴水町という町があります

 

その穴水町で、前回2007年能登地震以来、

被災者の支援活動を行なってきた、

各ボランティア団体の活動の連絡協議会があり、

昨年の災害被災者の支援にも続けて携わっておられます

私の関わる団体では、その協議会の活動を支えることを、

能登支援活動の1つの柱としています

 

その協議会の中心メンバーに、

滝井元之さんという方がおられるのですが、

その滝井さんの活動を中心として映した、

『能登デモクラシー』というドキュメンタリー映画があります

この作品は、昨年石川テレビで放送し、

反響の大きかった同名の番組を、映画に再編集した作品で、

単に不正を糾弾するという姿勢でなく、

地元住民の将来を見つめ、行政の問題を攻撃するだけで終わらずに、

批判しつつ寄添っていく姿勢で描いた映画です

その中で活動が紹介されているのが、

私たちが支援を続けている滝井さんです

彼が長年続けている、被災者支援に留まらない地道な活動が、

町の広範な方々との信頼関係に結びついている姿を、

多くの方々に見ていただきたいと願っています

 

その映画の中で、象徴的なシーンとして、映されているのが、

穴水町の風景として七尾湾奧にある、ボラ待ちやぐらです

ただ、実際のこのボラ待ちやぐらを用いた漁は、

1996年までで途絶えてしまったそうで、

今は、町の観光スポットの前の海に、

モニュメントとして建てられているのみだそうです

 

ボラ待ちやぐらとは、15mほどの丸太4本を浅い海の海底から立て、

海面から10mほどの高さで組んだ、四角錐の櫓です

海底に袋網を張り、海上の足場に漁師が陣取って、

ボラが網の中に入込むのを、風雪に耐えてひたすら待続けるという、      

のんびりしたというより、その漁の場面を見たことはありませんが、

おそらく過酷だろうと思われる漁法です

 

日本最古の漁法という評価もあるそうですが、

東南アジアのいくつかの内湾域にも、

このボラ待ちやぐらと似た仕掛けがあるそうです

知る人ぞ知る、と言った漁法で、

私もかつて水産学に関わっていた時代には聞いたことがなく、

2007年の地震後、能登を訪れる機会を持った時、

今はなき、という話を聞いたのが初めてでした

 

その、ボラ待ちやぐらが、『能登デモクラシー』に出てくるのですが、

映画の中では説明がなく、

宣伝チラシや、紹介したサイトの中では、

能登の我慢強い気風の象徴ながら、

「何もしなければ、何も変わらない」

地元の現状の象徴記号として取上げられています

 

以前アオギス(スズキ亜目キス科)の話の中で、

江戸前でかつて行なわれていた、脚立釣りを取上げたことがありましたが、

その脚立釣りは、アオギスが東京湾で絶滅したため、

消えてしまいました

しかし能登の海にはボラ(オヴァレンタリア類ボラ目ボラ科ボラ属)や、

メナダ(同メナダ属)が、まだ十分におり、

魚が捕れなくなったためとは言えないはずです

 

ボラは海岸近くの浅海にも良く入込む生態で、

沿岸漁業の代表的な魚種の1つですが、

水面近くを泳回り、目が良く、海面上の影に敏感に反応するので、

漁獲の難しい魚でもあります

それを海の上にやぐらを組んでじっと待構えるのですから、

ボラのよく来るポイントであれば、一度に大量に漁獲できる、

漁師にとってつらい仕事ではあれ、

伝統漁法としては、今でも効率は悪くないはずです

 

にもかかわらず、ボラ待ちやぐらが途絶えたのは、

ボラが高級魚としての地位を失ったことが、

大きな要因だったのではないかと考えます

日本海側では寒ボラや、夏が旬のメナダは、

今でも好まれる魚ではあります

しかし昔の高級魚・出世魚の代表であったボラの価値はなく、

魚価が下がったことで、かつての評価を失って久しくなりました

 

ボラ待ちやぐらが昔の価値を失ったのは確かでしょうが、

それはこの漁法が変革を怠り時代遅れになったのでは決してなく、

高度成長時代に東京湾・大阪湾等、

都市部沿岸域の海洋汚染のため、

ボラが臭くてまずい魚という、いわば冤罪のためでしょう

日本海沿岸でもその誤解のため、

貴重な水産物だった地位を奪われ、消えていった、

日本の地域格差の犠牲者の1つというべきではと、思っています

決して時代遅れのシンボルではなく、

大都市圏に人も富も集中し、田舎が収奪されて行く、

その犠牲の象徴が、ボラ待ちやぐらなのでは…

 

幸か不幸か、映画『能登デモクラシー』では、

ボラ待ちやぐらは、意味ありげにその姿が映されているだけです

良い映画という思いが深いだけに、

映画案内の説明では、もっと別の解釈をと、願っています(2025.7)