「さあ、エルサレムに住む人、ユダの人よ/私とぶどう畑の間を裁いてみよ。ぶどう畑に対してすべきことで/私がしなかったことがまだあるか。/私は良いぶどうが実るのを待ち望んだのに/どうして酸っぱいぶどうが実ったのか。」(イザヤ書5章3-4,協会共同訳)

以前「私はまことのぶどうの木」を取上げ、

その中に込められたメッセージは、

見えない存在、あるいは、強く立派とは思えない主との、

つながりが大切であるだろうとの話をしました

 

そのたとえ話の中で、

「私につながっている枝で実を結ばないものはみな、父が取り除き…」(ヨハネによる福音書5章2)という言葉について、

厳しい神の裁きが語られているという解釈が、

よく語られます

 

ただ、このたとえ話を直接聞いたのは、

ガリラヤに住む民衆です

そのガリラヤおよび周辺地には、

ブドウ園の荘園が広がっていたため、

日常目にしていることに加え、

ブドウの収穫期には、

周辺地域から大量の人数が、季節労働者として、

短時間で収穫,圧搾,皮袋詰め,倉庫に貯蔵という、

一連の作業に駆出され、携わっていました

 

そのため、ブドウ栽培についても、

人々の中では、

かなりの知識が共有されていたと考えるのが自然です

だから、新約聖書の福音書の中でのイエスの言葉は、

語る者も聞く者も、一定の、

栽培法についての理解が前提と考えて良いでしょう

 

ブドウ(バラ目ブドウ科ブドウ属)は中近東原産、

その栽培種は、イラン北部の乾燥地帯原産で、

温暖で、水捌けがよく乾燥した地域が、

栽培に適しています

乾燥した気候でありつつ、

湖があり水に恵まれたガリラヤ地方は、

ブドウ栽培に適しており、

古代から商品作物として、

大規模に栽培されていたようです

 

当時、まだガリラヤ辺りでは、ブドウ棚栽培が普及する前で、

栽培法としては、大部分、畑にブドウのツル性の幹を這わせ、

イチゴや野菜の栽培のように、

地表に広がった葉の光合成が十分になされることが、

品質の良いブドウの収穫には、欠かせませんでした

そのため、葉が枯れた冬の時期に、

葉が重ならず、またブドウの房を間引きするためにも、

丁寧な枝の剪定が不可欠でした

 

聖書での「農夫」という言葉は、

農園主と園丁の両方を含む用語で、

文脈によって訳し分ける必要があります

そのため、イエスの話の中でも、

主なる神が、農園主と園丁のどちらを指すか、

曖昧になっているところもあります

 

ただ、今回の聖書の文章のように、

ブドウの剪定は、木の成長程度により細かく剪定方法に違いがあり、

しかも広大な荘園全体で行なわねばならない、

熟練の技かつ、非常な重労働が求められる仕事です

 

そのため、剪定作業を行なう者を、

神や救い主とたとえることが多く、

しかも、それほどの手をかけても、年毎の天候に左右され、

糖度が高く、良いブドウ酒となる実が、

毎年収穫出来るわけではありません

それは当然、収穫期に働く、

民衆の収入に直接響きます

 

冒頭のイザヤ書5章は、

イエスの時代からは、約600年前の時代に書かれた書物ですが、

その厳しい言葉は、後の時代とも共通する、

多くの人々を苦しめることになる、ブドウの不作を、

常に経験している民衆の、実感を元にしているのです

 

そのような感覚の中の、ガリラヤの民衆は、

むしろ丁寧な剪定を受け、

豊かな実を付ける準備をしてもらうことを、

神の救い、あるいは招きと受止めるというのが、

日常的な感覚だったようです

 

どれだけ農夫=神あるいは救い主が,丹精込めて世話をしても、

必ずしも十分な実りには繋がらない現実、

それがイエスと共にある、

民衆の実感でしょう

 

しかしだからこそ、

何年かに1度の大豊作を待望み、

その幸福が必ず与えられる約束を、

人々の生活感覚に直接語り掛ける、

農民・庶民出身の、同じ立場からのイエスの話を、

皆が喜んで聞き、語継ぎました

 

そしてその数十年後、

ガリラヤを中心とした民衆の間で語り伝えられ、

残されていた、いくつもの伝承を、

あたかも柳田国男が遠野物語を編集して著わしたように、

聞き集めて福音書に書残したのが、

イエスのたとえ話なのです

そこには、多くの名もない民衆の、

願いと、豊かな思いが、

強く反映しているのではと思われます(2024.9)