すみません、下記、新型コロナウイルス自主隔離と、

私自身の腰椎骨折による要安静が続き、

パソコンがほぼ使えませんでした

 

なのでこのところ、ボーツと1人で、

余り本も読めない中、考え続けたりしていました

家族に、重篤な体調の者がいて、

別の家族が、新型コロナウイルスの、

「第11波」にかかり、私もうつされた可能性なくせず、

万が一無症状感染者の恐れがあるからと、

一応安全の目処だろう1週間ほど、

別の場所に自主隔離していました

 

私もすっかり流行以前の感覚に近づき、

むしろマスクや手指アルコール除菌をし過ぎると、

沢山周囲にある常在のウィルス感染症への、

個人ももちろん、集団免疫としても、

むしろウィルスにある程度身を晒す生活に、

ほぼ戻りつつ、ありました

そこに、今回です

 

今回、私は忸怩たる思いがあります

私の家族には、仕事上の必要と、

そして家族の介護に関わりがあるのですが、

私以上、はるかに鋭い感覚、乱暴に評するなら、

感染症対策に、規制を締めるも緩めるも、

私よりはるかに俊敏に、方針を決めて行動する人がいます

私はいつも、彼女の先見性の後追いです

なので、怒られての隔離生活でした

その間にぼんやり考えていたことです

科学的検証はなく、すみません

 

昔、半世紀近く前、微生物関連の講義で、

仰天した話は、科学的概念、あるいは用語の定義、

これらによっていかほどにも変更可能ながら、

ウィルスの振舞いは、生物ではない

ウィルスには生命がないと受取るべき

 

生物学というか、生物の検証可能な定義として、

生物には①個体維持と②種族維持の本能がある

この考え方は、

科学としての生物科学が、

概念的には非常に境界線のあいまいな、

形而上学でもあるいは近世以後の哲学でもない、

拠り所として機能してきた部分があります

 

それは今現在にも続き、

例えば、今日本で問題となっている旧優生保護法で、

多くの酷い被害者を生み出した、その根本の、

「優生学」が「疑似科学」でしかなく、

単に差別問題として処断するのでなく、

どうして親が子どもの将来を閉ざす決断をしたのか、

その判断への「科学的」根拠、あるいは癒し、

になり得るからと思っています

 

それはまた別の問題ですが、

その生物科学の定義あるいは公理と言って良いかもしれません、

上に書いた①②に照らし、ウィルスは明らかに逸脱しているのです

 

それを実感したのは、

2001年の狂牛病(牛海綿状脳症)問題です

(申しわけありませんが、あの時の恐慌状態を、BSEという無関心を導く用語では無理ではと感じています)

 

もちろん、2010年にこれも日本で大事件となった、口蹄疫が、

ウィルス性感染症ですが、

そちらではなく、タンパク質の一種、プリオンタンパク質のうち、

病原性のない平常性プリオンが変性した、

病原性プリオンが、脳や神経にたまり、

組織を破壊してスポンジ状にすることにより引き起こされる病気です

 

この病原性プリオンは、

ヒトのクロイツフェルト•ヤコブ病や、

ヒツシのスクレイピー病という、

何種もの哺乳類でほぼ同じ症状になる個体で、

ほぼ同じ構造のものが報告されています

 

動物実験では、

病原性プリオンのない個体では出現しませんが、

経口投与すると、多く体内で増殖し、

やがて病気発生となるのです

 

その発生源は、捕食した哺乳類ですが、

草食動物である家畜の発生源は、

肉骨粉や、それを原料とする人工乳です

つまり、ヒトが大量の食料を得ようとして、

人工的に引き起こした、ウシの共食い病なのです

それは元々ヒトでは、人肉食を風習としていた地域の、

風土病とされていたこととも一致します

 

プリオンとウィルスに共通することは、

感染先の細胞内でしか存在しない点

そして毒性が強い場合、

宿主がその地域で絶滅してしまうまで、

細胞の感染を止められなく、諸共に全滅するまで、

一方的に進んでしまうことでしょう

 

それは放射性物質による被爆と同じで、

生物はその性質を体感して食い止められるよう、

味,匂い,痛み等を感じられない、

言い換えれば、感染を避けるように進化ができないのです

良くて、感染しても生き残り易い個体が、

子孫を残す確率が高くなるだけなのです

 

原発事故の直後に小出裕章元京大原研助教が、

「これは、人の良心や誠意と言ったものが、全く通用しない世界なのです」

と言った内容の話をされていますが、

まさにウィルスやプリオンにも当てはまるのではないかと思うのです

 

今年(2024年)の、

新型コロナウイルス第11波流行にあたり、

感染率拡大と致死率減少の傾向、

また集団免疫の有効性等、

まさに放射性物質の、人体への影響の、

LNT仮説=微量放射線の与える影響は、しきい値なく、

実質計測可能な100mSv/年以上の、低線量被爆と、

正比例で危険性があるという説(面倒な話ですみません)が、

福島原発事故前の2007年から、

原子力関係各国際機関で定説となっていたという話と、

本質的に同じ、統計学上ははっきり、

数値が決められるということと思っています

 

つまり、どこまでの危険性があるか、

それを科学的証拠が社会一般に分易く提示された上で、

皆が責任持って判断することが求められている

それがあって、初めて、

豊かな社会生活が営めると、今は強く思っています(2024.8)