(前編から続きます)

ペトロの魚の物語は、

枠組みとして、

紀元1世紀当時のローマ帝国とユダヤ神殿当局の、

二重の重税に苦しむ、民衆の中での話です

 

私はここで、実際に奇跡があったか、

それとも民衆の期待の中で話が膨らんだものか、

そのどちらかを問う、

話をするつもりはありません

 

ただ言えるのは、

カワスズメ科の仲間は、

アフリカには多種類いるのですが、

パレスチナ以北、ギリシャ世界の中では当時、

ほぼガリラヤ湖ヨルダン川水系にしか、

天然分布していないこと

 

ガリラヤの民は、

イエス・キリストの活動から約40年後、

ユダヤの対ローマ戦争の敗北で、

国を失い難民となって、

ユダヤ・ガリラヤから叩き出されてしまいました

これはキリスト教信仰を持つ人々も一緒です

 

なので、この物語の元々が、

後代の創作でなくイエスの時代に、

ガリラヤ湖沿岸で語られた話だということは、

良く分るのです

 

もしかしたら、最初には、

重税に苦しむ民衆にイエスから、

 

「結構大きくなり、値の張る、あの魚を、

たとえば1匹釣上げたら、

魚が時おり、まるで奇跡のように、

口の中に銀貨を咥えていると見えるみたいに、

忌々しい神殿税を払う、

足しになりますよ

あの魚をも育む、主なる神は、

苦しい生活のあなたがたも、

決して見捨てないのだから、

絶望せず生きて行こう…」

 

そのような、自然の恵みの中で神に生かされていることを、

たとえ話として伝え、人々を励ますものだった

という可能性も、

十分、有得るのではないでしょうか

 

それを、

ペトロの魚の実像の知識のない、

聖書の書き手が、

奇跡物語として、受取ってしまった

ということも、あるかも知れません

 

ペトロの魚の話が載せられている、

マタイ福音書の著者は、

エルサレムからバビロンあるいはシリアまで、

避難した人々の中にあった、

教会の指導者だった

最近これが、定説になりつつあります

 

仮に、実際にイエスが、

魚の口に銀貨を入れる奇跡を行なったとしても、

あるいは語継がれる間に、

超自然的に話が大きくなっただけとしても、

その中に込められた、本質的な意味には、

違いはありません

 

ペトロの魚は、

そのような話につながっています

自然科学と宗教が、

決して対立するものではないと、

思うことが許される、

話の1つです(2023.6)