沢木耕太郎原作の「深夜特急」はひところ話題になっていたのでなんとなく知っていました。しかしちゃんと読んだことも見たこともなかったのですが、日本映画チャンネルでやっていたので見てみました。「熱風アジア編」「ユーラシア編」「ヨーロッパ編」と三編に分かれていました。
まず、若き日の沢木耕太郎は、友人たちと飲んでいる時に、ロンドンまでバスを乗り継いでいけるかという話をします。そうして、バスで行くとしたら起点はデリーがいいのではないかということになり、本当に行けるかどうかだんだん真剣になっていって、「行く!」ということになり、ロンドンまでたどり着けるか賭けをすることになります。そうしてライターとして仕事が入ってきていたころにもかかわらず、全ての仕事を断って、しかも初めての海外旅行へ行くことになるのです。
その旅行の記録が「深夜特急」という本になり、映画になったのです。
映画で沢木耕太郎を演じるのは大沢たかお。
まずデリーに行くための航空券は、香港へ行けば安いと聞いて香港へ行きます。到着して安宿を探して、本当に怪しげな安宿にこわごわ宿泊します。そうして航空券を買いに行くのかと思ったら、香港の街の散策を始め、色々なものを見ていろいろな発見をして、だんだん香港にハマっていきます。香港は派手な電飾看板が並ぶ街並みなどを見ると、私からするとちょっと昔の中国だなーと思ってなんとなく懐かしさや親近感がわいてきます。
初めての海外である香港で驚きに満ちた日々を過ごしていくうちにようやく「出発しなくては」と思うようになります。しかしデリーに直行せず、バンコクでデリー行きの航空券を買うことにします。
ということで次はバンコクへ。
バンコクでもまず安宿探しです。香港にしばらく滞在したこともあって海外貧乏旅行にも慣れてきました。香港とはまた違うバンコクの街に驚きながらも、やはり色々なものを見て回り、バンコクの街になじんでいきます。
ようやくデリー行きの航空券を買ったと思ったら、その前にマレー半島を南下してシンガポールまで行ってしまう。それも直行しないでペナンに寄り道してまたもや何日か滞在。
そうしてようやくバンコクに戻ってデリーではなくカルカッタに向かう…までが「熱風アジア編」。起点の街にも到着してないじゃないですか。
「ユーラシア編」は、カルカッタに行って、それからネパールのカトマンズに寄り道。そしてバラナシへ行き、ガンジス川のほとりでこれまたしばらく滞在。ガンジス川のほとりは今までとは全く違う世界が広がっていました。
このあたりで、「深夜特急」が「バックパッカーのバイブル」と言われる意味も分かってきました。観光するのではなく安宿に「沈んで」毎日街をふらふらするのです。特に目的があるわけでもなく、ただ日数を重ねただけその街になじんでいきます。どこでご飯を食べるとかある程度決まってきたり、街の人々がどんな日常生活を送っているとかが見えてきたり、話し相手ができたり。いつ出発をするのかは自分次第。なのでなんとなく出発する決意が付かないままずるずる居続けたりすることにもなります。バックパッカーとはこういう旅をするものなのかと思いました。
そうしてようやくデリーへ行き、インドを出発してパキスタンに入ります。パキスタンはインドとはまた全然違う世界でした。まずイスラム教の国。そしてデコトラが走る。パキスタンを北上してアフガニスタンを目指します。しかしアフガニスタンの国境を越えるのは無理でした。…当然です。ソ連の侵攻→撤退→タリバンの支配になっているアフガニスタンに外国人が入れるわけないじゃないですか。
見た後で調べたんですが、実際に沢木耕太郎がこの旅をしたのは1974年でした。当時はソ連侵攻前で、外国人がアフガニスタンに旅行するのに何の問題もありませんでした。映画が撮られたのは1976年~98年。映画では撮影時に合わせた年代になっています。アフガニスタンに入れないので、改変するしかなったのではないかと思います。なので香港では「返還直前」になっていました。
さらに追加情報として、1974年当時は中国はまだ自由に旅行するのが難しい時期だったので、中国を飛ばしてインドを起点にしたそうな。
ということで、再び南下して行ったら南の方でパキスタンからイランの国境に入れました。
途中、日本人の中年男性と知り合います。退職後、行きたかった遺跡を見に行くということで、予定外のイランの遺跡を見たりしました。わ~~~!日干し煉瓦の遺跡~と、私のテンションが上がる。
イランに入ると食べ物も宿泊施設も質がよくなってきます。
そうしてトルコに入って「ユーラシア編」は終了し、「ヨーロッパ編」に入ります。
黒海を見たいと思ってトラブゾンに行き、黒海沿岸を伝ってイスタンブールに行きます。わ~イスタンブールだ~!今までドーム屋根の細く高いミナレットのシルエットのイスタンブールは写真や映像で見慣れていましたが、実際に行った後に見ると、「これ、これ!」と思うようになります。ひときわ高い所にそびえるスレイマン・モスクとか、これはアヤ・ソフィアかな、とか。ガラタ橋も出てきた。エジプシャン・バザールも出てきた。
食べ物が格段に良くなります。さすが、トルコは美食の国と言われるだけのことはあります。…私が行った時はそこまで思わなかったんですけど…。やっぱりインドやパキスタンが過酷すぎましたね。
トルコからギリシアに入り、バスの中でどこから来たと聞かれ、今まで通ってきた国を話すとたいてい驚かれます。その時自分でも「これだけの国を通ってきたんだ」ということを実感します。そして初めての外国に目を奪われ驚きに満ちていた香港にいた時と、すっかり旅慣れてしまった現在の自分を引き比べてその変化にずいぶん遠くまで来たことを思い知るのです。単に距離的に遠いのではなく、「旅慣れた自分」になってしまったことに。
そうなんですよ、旅慣れてしまうと、初めての外国に何でも驚いていた自分には戻れないんですね…。
ここまでの旅ではないにせよ、私が初めて海外旅行をしたときのことを思い出しました。なにしろ新疆ウイグル自治区15日間という旅行だったので、パックツアーとはいえあまりにも日本とかけ離れた世界、日本の常識が通用しない、見慣れないものに360度囲まれて驚きの連続でした。日程はちゃんと決まっていますが、それでも明日は何が起こるんだろうというワクワクに満ちていました。だもんで、その後はどこへ行ってもあそこまで刺激的な旅行はなかったし、そのうち一人で外国へ行くのも慣れて来るし。
などと自分の旅行と重ねて見ているうちにギリシアの旅が進んでいきます。パルテノン神殿がカラッポに見え、人があまりいない遺跡に行ったら考古学者と出会い、昔ここに人がいたことを実感し…。
そこからは船でイタリアへ。旅の快適度も上がっていきます。と、思ったらローマでやられちゃいました。そこでまさかと思っていた「まさかの時」の助けを借りることになるとは。
その後フランスに入りマルセイユに着きます。手持ちのお金が少なくなってきたので日本から送金を頼みます。そこからロンドンへ行くバスもあります。…なのに「もっと西へ行きたい」と思ってスペインへ行ってしまう。ジブラルタル海峡を見て、対岸のアフリカを見ます。アフリカへ行きたいという気持ちも起きますが、今回は見送り。私はこの海峡を見たらアブドル・ラフマーンがここを渡ったんだなーと思うんですが。
しかし、さらにヨーロッパの西の果てを見たいと思ってポルトガルへ。ユーラシア大陸最西端のヴィセンテ岬へ行きます。
そこからどうやって行ったのか詳細はすっ飛ばして、次の場面はロンドンでした。
少々気が抜けるようなオチが付いてました。
大沢たかおが演じていることでもあり、年月も実際の旅行と隔たりもあるのでフィクションとして作られているのは確かなんですが、あまりにもドキュメンタリーっぽくて、見ていると実際の旅行を取材した映像のように思えて仕方がありませんでした。移動の方法も現地の人たちもリアルすぎる。
私にはできそうにないバックパッカーの旅をガッツリ見せてくれました。
「できそうにない」は物理的にもですが、私が海外へ行ったら歴史的見どころを探さないと気が済まないので、安宿に「沈んで」目的もなくただ街をふらふらしたりボケボケしたり、といった過ごし方はできないから。