「文明交錯」
ローラン・ビネ:著 橘明美:訳
東京創元社
先日読書会で読んだ「HHhH」の著者が面白い本を書いているという。
インカ帝国はスペインに滅ぼされましたが、それに対してインカ帝国がスペインを征服する話だという。
「は?」と思うようなトンデモな話ですが、興味を惹かれて読んでみました。
いや~、本当に面白かった。
まず第1部は中世北欧のヴァイキング。
ヴァイキングはアイスランドへ行き、それからさらに西へとグリーンランド、ヴィンランド、と行きます。コロンブスよりも数百年前にアメリカ大陸にたどり着き、「ヴィンランド」と名付けたのは歴史上周知のこと。ただし定住するに至らず。
その経過を「サガ」として書いています。北欧神話やヴァイキングの歴史が大好きな私としましては、本当にその世界に浸れるような文章で、ウキウキしてきます。
ところが、この本ではヴィンランドにたどり着いたヴァイキングは現地人と交流し、あちこち行きます。
そして、現地住民に馬をもたらし、製鉄法を教え、車輪の利用法を教えるのです!!!
第2部はコロンブス。日誌の形で淡々とその行動を記します。
西回りでインドを目指し、着いた島をジパングだと思い込み…。
しかし現地住民に捕らえられてしまいます。
そしてまさかの末路。
そしてこの本のメインの部分、一番長い第3部。
インカ帝国ではワスカルとその異母弟アタワルパが統治していましたが、ワスカルはアタワルパを攻撃しました。アタワルパの軍は劣勢になり、北へと逃げます。逃げて海まで来て、さらにその向こうの島に渡ります。そこで、昔東の海から来た人たちが残した船があることを知り、しかもその中に海図らしきものも残っていました。そこで船を作り直して海を渡ろう!と思いました。その島の王女は子供の時に東から来た人と会っており、投獄されている間に会っていくらか言葉を覚えたそうです。そしてまだ見ぬ東の国のことが心にかかっていて、一緒に連れて行ってほしいと言います。
ということで、アタワルパの一行は船を進めて陸地を見出しました。
これがポルトガル。そうしたら、ポルトガル王が奇妙な一行が来たのを知って会いに来ます。
この時のポルトガル王はジョアン3世で、王妃はスペイン王女カタリーナ。ということは、「アルテ」でアルテがお仕えしたスペイン王女→ポルトガル王妃のカタリーナではありませんか。スペイン語が通じます。
その後アタワルパ一行はスペインへ行きます。そしてカタリーナ王妃の兄であるスペイン王カルロス1世すなわち神聖ローマ帝国皇帝カール5世と会います。
そこでいろいろあって、アタワルパはカール5世を捕えることに…。
そこからヨーロッパを巻き込んでの展開になっていきます。歴史上の人物がどんどん出てきます。イタリアからマキャヴェリが来て、ミケランジェロが来て、ベネチアからティツィアーノが来てアタワルパ一家の肖像画を描く。トマス・モアとエラスムスが海を渡って来た一行について書簡を交わす。
丁度ヨーロッパでは宗教改革で各地ですったもんだしている時期。そこにもアタワルパはかかわってきます。そしてルター本人も出て来る。
歴史上の人物と歴史の事実をふまえつつ、ヨーロッパがアタワルパによって変えられていきます。アタワルパは聡明な人物で、言葉を学び、ヨーロッパの学問を学び、「君主論」を読み、国際情勢を推察しつつヨーロッパを席捲していくのです。
スペインではセビーリャがガダルキビール川の水運に恵まれていることを知り、セビーリャのアルカサルに居を定めます。アルカサルだー!と喜ぶ私。残酷王ペドロ1世が主であった宮殿だと書かれています。
それでですね、これが歴史の本を書いているように書かれているのです。物語を語るのではなく、歴史を調べて書いているように、「年代記にこう書かれている」とか。この人はこういう書き方が得意なのか、もし本当に何も知らなかったらこれも歴史の本だと思ってしまうような書き方です。さすがにアタワルパがヨーロッパを支配するなんて誰も史実だとは思わないでしょうけれど…。
これだけ歴史を改変していながら、実際の歴史とのからみが見事で、よくこんなことを想像したものだと思います。
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