​言継ぎ#14  ジャッジする心


モノ言えぬ存在の代弁者として、言継ぎ(ことつぎ)を始めました。


今回は、金持神社さん。
志龍さんのブログで金持神社を知りました。


金運を上げると煽ることもあり、財がある場所の磁場を感じ、お金持ちになりたい、あやかりたいと足を運ぶようです。

もちろん、地元の方や純粋に参拝される方もいらっしゃると思いますが…


場所の由来を見ていくと、金持郷は玉鋼の産地で、(玉鋼とは、砂鉄を用いて生産される鋼)不純物が少なく、高く取引されていたようです。

刀など武器の材料である玉鋼が取れる場所は、財や戦力がある為、栄えていたようです。


神様に意識を向けると


「よぉ来られた」


と暖かく歓迎してくださる。

参拝者に対しても寛容で(容認している訳ではないと思います)、だからこそ礼儀を持って参拝して欲しい… ここはそんな場所じゃない…と正義感と怒りを持った自分がいることに気付き、恥ずかしくなりました。


正しいとか間違ってるとかではない

ジャッジする心を手放しなさい…と教わっている気がします。


他人だけでなく、人と比べて自分をジャッジする心がありました。

私はあの人と比べて出来てないと…。


自分を赦してないから

他人からどう思われるか、人の目を気にして

自分を題材にして責めて生きてきました。

傷つけられるのが嫌なのに

自分自身で傷つけていました。


自分を信じてなかったから。

本当の愛を知らなかったから。


今の私が出来ること…

自分自身を赦します。

自分の中のジャッジする心と向き合います。

他人を変えよう、どうにかしようと強制させるのではなく

私がどうしたいかを見つめていきます。



向き合い、見つめた先に、内側から湧き上がってきた言葉…


「生き直し」


今まで傷つけていた自分の心。

私が望めば変えられる。

生きてさえいれば


いつでも生き直しが出来ます。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。