​ジャッジする心の奥にあるもの


モノ言えぬ存在の代弁者として、言継ぎ(ことつぎ)を始めました。


前回は、ジャッジする心、目の前の人や自分自身をジャッジしていた話でした。
前回の内容はこちらから


解決の糸口を見いだせたもの、

他人と自分を比べたり、

自分と合わない他人の行動や考え方をジャッジしようとする感情はまだ残っています。


自分を赦せてない感情があるのだと思います。

トコトン自分と向き合います。


ジャッジする心は分離の領域

ピラミッドの世界だと気付きました。

競争(所有、容姿、学歴、地位)、上を目指す、…など。

このプログラムから卒業すると決意しました。


今までの私は、

子どもが家に帰りたくない…

ここで遊んでたい…

と寄り道をして、帰る時間を長引かせていたのだと気付きました。


家に帰る=自分の内側を見ることであり

宿題(抑圧した感情や影、思い込みのフィルターを浄化)をするしかないからです。

自分の奥を知れば知るほど、見たくない領域に入っていくのを知っているからです。


目の前にいる人と接することは、

自分では気付けない私を発見する鏡として見せてくれるだな、と思いました。

相手を通して自分の感情を観察していこう。


何のために内観するの?

自分の人生を生き直し

分離から統合の道を歩き出すために。


人はそれぞれ、

その人のやりたいことがあるのだから

それをやりたいのだなぁ…と理解しよう

受け入れようと思います。

正しいとか間違っているとかではなく

それをしたいのだから。


今の私のように覚悟して、

家に帰ると決める時期は、

その人なりにあるのだから。


遊びたい方はトコトン遊んだらいい。

大人がおままごとをやらなくなったように

きっといつかは飽きる。


「自由意志」であり「決めて来た」


そうです。

暗闇を歩く不安はいらないですね。

だって自分自身で決めて、この世に来たのですから。

自分を信じて前に進みます。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。