続き。
わずかな才能の種。
持っているだけじゃ、役立たない。
発芽させて育てないとね。
今、振り返ってみると、
私が発芽させたのは准看護師の学校での実習だったかと思います。
循環器病棟の実習で、受け持ち患者の疾患から観察項目を調べるんですね。
私は循環器の構造を知って、どこがどうなったらこの病気になるのかって考えてたんですね。
でも、そうではない子がいました。
その子はたぶん、この疾患はこの症状が出る。って覚え方をしていたんだと思う。
だから実習ですごく早く計画立ててたし、看護もできたんですね。
私はそういう考え方ができなくて。
なんでだろう?どうしてこの症状が出るの?ってなってたんですよね。
でも、これが構造を理解するってことにつながってたんですよ。そのまんまでしょ?
じゃあこれはそのとき使えてるか?
いいえ、全然使えてない。
早さを求められたりするところでは磨くのも難しいし誰も気づかなかったので、私は自分の中でなんでこうなるの?を知りたいために、ひとりでコツコツと調べて終わりました。
で、今。
私の知りたいって欲?はAIによって解消されていきます。
で、その中で自分の知りたいって気持ちは、構造を把握することにつながってたとわかったんです。
AをするとBになる。
これを意外とみんな、つなげて考えるのができてないってわかった。
実習の子のように枝葉で理解してる人の方が多いんです。
自分の才能に気づいてからは理解するスピードが早くなりました。
でもこの才能は磨かないと一生気づかないものだったし、気づかないと磨かないものでもありました。
早さが求められる場所では磨かれないものだった。
いろいろな要因が重なって、私は使えるように磨くことができたってだけだな。
で、構造を把握する力を養ったほかの力も私の才能なんだと思います。
知りたい!って欲求や、コツコツと調べられたこと。こちらは先天的な才能なのかもしれない。
それらを使って、埋もれてた種を発芽させる環境で水をまいて育てることができたんだな。
これは私だけに限らず、誰でもそういうものを持っていて、後天的に開花する可能性の種を持っているはず。
個性や能力の差があるのは、そこに結びつけたらいいと思います。
自分にしかないもので勝負するしかないのだから。
