↓これまでの振り返り(第1章~第2章)
■ Eternal Arc ~バーチャルとリアルの交錯物語~ <エピソード0> ■(第7話)
【第3章 ログアウトバグの調査】
広場の隅のベンチに並んで座り、セツナとセイは同じ端末画面をのぞき込んでいた。
「ログアウト関係の項目、ここらへんかな?」
セツナがスクロールしながら、自然と端末をセイ側へ傾ける。
ふたりの顔の距離はほんの数センチ。
その近さに、セイの呼吸が一瞬だけ止まった。
(……近い……いや、落ち着け、僕……)
セツナは気づかず淡々と文章を読み上げる。
「ここにも載ってないね。緊急時のログアウト方法みたいなの。私が試した公式手順も全部やったけど、セイは何も反応しなかったんだよね?」
「は、はい。考えられる操作は全てやりましたが……結果は変わらずでした」
(平常心……大丈夫だ、普通に答えられてる……はず)
セツナは眉を寄せながら画面をタップする。
「あ、これとかどうかな?」
その瞬間、タップの勢いで肩が軽く触れ合った。
「あっ、ごめん、当たっちゃったね」
「い、いえ。お気になさらず……」
(落ち着け……ここで動揺したら変に思われる……)
セツナは端末を少し持ち直しながら言う。
「でも、やっぱりログアウト関連は細かい説明がないね。この先どうしようか?」
少し考えたあと、セツナがぽんと手を打った。
「あ、ミズキに聞いてみるのはどう?」
「ミズキさんに……ですか?」
「うん。あの子、一見軽いけどさ。なんだかんだで情報詳しいし、ログアウトの噂とか知ってるかもしれないよ?」
「確かに、ミズキさんは古参ですし、何かしら心当たりがあるかもしれませんね……」
「だよね。じゃあ、呼んでみるね」
セツナが“フレンド呼び出し”を開く。
その瞬間、またふたりの距離が自然と近づく。
端末をのぞき込んだセツナの髪が、ふわりとセイの頬に触れた。
「……っ」
しかし、セツナの髪から視線をそらせず、思わずセイはつぶやいてしまった。
「セツナさん……髪、綺麗ですね……っ、いえ……その、失礼しました」
(……しまった。余計なことを……落ち着け、自分……)
セツナは気づかず淡々と操作を続ける。
「よし、呼び出すね」
そう言ってボタンをタップした。
数秒後、光のエフェクトとともにミズキが現れる。
「はーい来たよー!って、あれ?セイ、なんか顔赤くない?」
「そ、そんなことは……ありません」
ミズキはセツナとセイを交互に見て、にやりと笑った。
「で、呼び出したってことは相談でしょ?はいはい、話して?」
セツナは少し声を落としながら言った。
「うん。ちょっと聞きたいことがあってね。最近、ログアウトで変な挙動が出てるって噂、聞いたことある?」
ミズキの表情が変わる。
「ログアウト?なんかあったの?」
「ううん、私じゃないんだけど、知り合いが、手順どおりにやっても反応しないって言ってて。エラーも出ないし、ログアウト画面も開かないらしいの」
ミズキは一気に空気を引き締めた。
「ちょっと待って。それ、本当の話?ログアウト無反応は、ただのバグじゃ済まないやつだよ?」
セツナは小さくうなずいた。
「だからミズキなら何か知ってるかなと思って。過去の事例とか、仕様とか……」
「うーん、聞いたことはほとんどないんだけど……」
ミズキが腕を組む。
「でもね、古いフォーラムで“強制ログイン状態が解けないケース”って噂は見たことある。ただ公式は完全スルーだった」
セツナは、胸の奥がざわつくのを感じた。
隣でセイが手を握りしめていることに気づき、そっと目を向ける。
(セイは必死で沈黙している)
ミズキは続ける。
「よし。ちょっと本気で調べてみる。ログアウト周りは闇が深いっていうか、表に出てこない話も多いからね」
「ありがとう、ミズキ」
「任せてよ。セツナの頼みだしね!あ、詳しいことがわかったら、また連絡する」
ミズキは片手を振り、ログアウトしていった。
残されたのは、ほっとした空気と、セイの限界ギリギリの心臓音だけだった。
セツナが小さく息をついた。
「しばらくは、あの子の調査待ちだね」
隣を見ると、セイは膝の上の手をぎゅっと握りしめたままだった。
「セイ、さっきからずっと手を握りしめたままだけど、大丈夫?」
「えっ……い、いえ。少し緊張しているだけで……」
「ログアウトの話、だよね? ミズキに気づかれないかって」
セイは一瞬だけ目を伏せ、小さくうなずく。
セツナはそれを見て、ふっと柔らかい表情になった。
「ねえ、セイ、ちょっと手を見せて?」
「えっ!?でも……」
「いいから、いいから」
「は、はい……では……」
そう言って少し戸惑った後、セイはおずおずと手を差し出す。
セツナはそっとその手を取り、軽く指先を触れて確かめた。
「ほら、やっぱり、赤くなってる。痛かったんじゃない?」
「……大丈夫です。少し緊張していただけなので」
「そっか。ならよかった」
セツナは手を離しながら微笑む。
「ねぇセイ。私に頼りたいときは、言っていいんだよ?」
その優しい声に、セイは胸がつまりながらも言葉を絞る。
「……では、その……ひとつ……お願いしても、よろしいでしょうか……」
「もちろん。何でも言ってみて?」
「手を……少しの間、握っていてもらえませんか……?まだ少し震えていて……」
「いいよ。落ち着くまで握っててあげる」
「……ありがとうございます……」
「ふふっ、こうしてると、セイって弟みたいだね」
「えっ!?弟ですか……?」
「うん。なんだか放っておけないというか、かまってあげたいというか」
「弟……セツナさんにとっては、そうなんですね……」
「えっ、気に障った?もしそうならごめんね」
「いえ、そういう意味では……ありません……」
「そっか。それならいいんだけど。それよりさ、もっとしてほしいこととかない?」
「……してほしいこと、ですか?」
「うん。ミズキ戻ってくるまで時間あるし、何かあったら言ってみて?」
「…………それでは、もうひとつ……お願いしてもよろしいでしょうか」
「うん、なに?」
「その……頭を……少しだけ、撫でてもらえませんか」
「いいよ。ほら、おいで」
「……ありがとうございます。こうしていると、とても落ち着きます……」
「ふふっ。セイってほんと素直でかわいいね」
「……かわいいと言われるのは複雑ですが……嬉しいです……」
(第8話に続く)
