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40歳独身男の人生見直し徒然ブログ( ̄Д ̄)ノ

不惑の40代に突入してもなお、仕事に恋愛に人生に迷いもがく(^^;;男の、人生見直し系徒然ブログです(・ω・)ノ

高校を卒業して間もなく、僕は"新聞奨学生"として東京へ引っ越した。

朝晩の新聞配達と集金、勧誘をする代わりに学費を出してくれて、家賃も光熱費も、学校への交通費も負担してもらえる、というものだ。

4畳半風呂なし共同便所の部屋で初めての一人暮らし…

田舎小僧の僕にとっては、何もかもが不安と新鮮さでいっぱいだった。

数万円だけれど給料は貰えて、小遣いはそれで。

新聞店に賄いのおばちゃんが来ていて、給料からいくらか支払うことで朝飯と夕飯は食べられた。


新聞店には色々な人がいたけれど…

大きく分ければ、酒と風俗とパチンコと競馬がすべてのオヤジ達…

それから、僕と同じ学生…だけれど、

ほとんど学校には行かなくなってしまってσ(^_^;)

オヤジ達と同じく、酒と風俗とパチンコと競馬…

な暮らしをしている若者が数人。


彼らを否定するわけではないが、所謂、人生の落伍者と、その予備軍…といった感じで。

もちろん、中には"鋼の意志"を持って、きちんと学校に行き、きちんと卒業して行く者もいたけれど…

大抵は、早朝から朝刊を配りダッシュで学校へ行き~

授業が終わった後、友達と過ごす暇もなく15時~16時には戻って夕刊を配る~

な生活に疲れ、学校へ行かなくなるパターンが殆どだ。

今思えば"希望と熱意に溢れた環境"ではなく、そういった環境に身を投じてしまったのがいけなかったのか…

いや、所詮僕も"類友"だったのかもしれない。


僕も初めの1年は"浪人生"ということで予備校通いをしていたけれど、

元より大学に行くことに興味もなかった僕は、たいして勉強も捗らず、幾つか入試を受けたものの
やはり落ちてしまい…

それよりも"東京"という街に惹かれ、あちこちウロウロと散策する日々が続いた。

とは言っても、


当時はまだパソコンも一般には普及しておらず、もちろんインターネットなどというものも、一部のマニアのものでしかなかった時代。

携帯電話もなくポケベル全盛期で、PHSがかろうじて出回り始めた時代だった。

人からお下りのテレビを貰うまでは、1年くらいテレビの無い生活をしていた為、雑誌でも読まない限りは、なんの情報も入って来ない状態で、

現在の様に、なんでもググって情報を仕入れて、自分の興味ある分野の場所へ行く…

などといったことも出来ず、只々ウロウロと街を徘徊したり、

終電後の新宿で、ビルの真ん前で寝転がって空を眺めたり…

そんなもんだった。

一浪して受験に落ち、さてこれからどうしたものかと思っていたところに、

"レコーディング、音響系"の学校へ行くという奴が新聞奨学生で入って来たのをキッカケに、

あぁ、俺も音楽に関わりたい…   ずっとそう思いながら生きてきたじゃないか( ̄^ ̄)ゞ

と、浪人生から一転して、音響系の専門学校へと通うようになった…


しかしその学校も、思った以上に学費がかかる上に、周りは金持ちのボンボンのような奴が多く…

僕のような金も時間もない輩がそうそう馴染めるものではなかった。

併せて、当時音楽界で隆盛を極めた"テクノ"というジャンルに興味を持っていた僕は、

"自宅で製作~完パケまで行う"

という製作方法に刺激を受け、

学校で学んだレコーディング関連の知識も実技もすべて、"スタジオで働く"為に学んでいたというよりは、独りで自分流にやる為の基礎知識としてしか捉えていなかった…

休みの日には中古機材屋に通い、なけなしの金で買える安いシンセサイザー等を集めては、自宅にこもっていじり倒す日々…

いつしかその学校へも行かなくなってしまい、中退。


後から思えば、きちんと卒業しておけばよかった。

そして、卒業後も東京へ留まり、新聞屋を抜け出しバイトしながらでも新たな道を模索すればよかった…

そうしていれば、どんな道であるにせよ、もっと違った人生を歩んでいたのではないか!?


しかし、東京へ出て3年半が経過していた僕は、
実家のことも気になり…

中退と共に田舎へと帰ってきてしまった。


そこから更なる迷走が始まるとも知らずに…