私のビッグバン以前の宇宙についての妄想(動と静と宇宙)が物理学者の仮説としてすでにあった。数学で考えるって凄すぎ。物理の知識があったら妄想は消えるのか、それとももっと妄想が膨らむのか。。。
以下ChatGPT
標準宇宙論としては、ビッグバン前に“均一な光速の流れ”があったとは断定できない。
しかし共形循環宇宙論的な理解では、質量の意味が消えた遠未来の宇宙を、光子や重力波のような質量を持たない流れが支配するスケールのない状態として捉えることができる。
その状態は、私たちの時間や距離の物差しでは“無”に近く見える。
質量のない光の流れには、自分自身の時計がない。
質量を持つ粒子が現れると、そこに固有時間が生まれる。
そして固有時間を持つもの同士の差異が、宇宙に“出来事の順序”を与える。
その意味で、時間は質量と差異の中で、経験可能なものとして立ち上がる。