前回は母の地獄を初めてお話しました。

今回も同様、結婚当初から私の誕生後のネタをお送りします。


今のところ私のブログを読んでくださっている方たちは母と同じく50代の方が1番多いと分かりました。こんな未熟な大学生が書いたものを読んでいただき本当に光栄です✨ぜひ私の理解不能な父親エピソードをこれからもお楽しみください!


それでは地獄へご案内します🔥


これは結婚当初の、あるバレンタインの日のこと。


母は高島屋で父のために2500円ほどのチョコをファミリーカードで購入しました。そのカードは父の口座から引き落とされるものでした。


帰宅後、父に渡しました。すると…

「いらねぇよ」「俺のカード使ったんだよな?」

「今度から買わないで」


ふざけんな。と誰もが思います。正しいですよ。

私も聞いて思いましたから。


まず何か人から貰ったら、「ありがとう」じゃないですか?ゴキブリ貰ったわけじゃないんだし。


彼がもらったのはチョコですよ。チョコ。しかもバレンタインに。普通喜びますよね。


しかし自分のお金で買われたものに対して感謝なんて無いのが私の父親です。無駄と考える人です。

今後もこのネタが登場しますので一旦別のエピソードにいきますね笑笑


 次の話は今回のタイトルになった「貧乏社長」の誕生の秘話です✨


まず貧乏社長ってなんだよ笑って感じですよね。

簡単にいえば、父が母につけたあだ名です。


どうしてそんな呼び方をされるようになったのか。


1つ前の投稿にも書きましたが、母の実家は祖父(母の父)の倒産により貧しくなりました。そこから侮辱攻撃の幕が開いたお話もしました。

他にどんなことを奴が言っていたのかも補足しますね笑


母には弟が1人いました。その弟は当時仕事があまりうまくいっていませんでした。

するとやはり父は馬鹿にするんです。

そして弟の奥さんのことまで馬鹿にしていきます。

少しふくよかな方だったので、「ぶーやん」と父は侮辱していました。豚やデブと言ってるんです。


また、母方の両親は昔も今も働いています。それを父は知っている上で、

「普通老後ってゆっくり過ごすよな」

「お前の家って遺産どのくらいあんの?」


待て待て。まだ死んでねぇから。生きてるから。


状況を知った上で見下すことが得意な人なんです。ほんと最低ですよね。


前置きはここまでにして誕生秘話へ移ります。


皆さんはコロナ禍覚えていますよね。本当に皆んなが追い込まれた時期でした。母もそのうちの1人でした。


母は私が生まれる前から大手の企業で勤めていましたが、退職をし、一度専業主婦になり、過酷な試練を乗り越えて起業しました。


しかし、母の仕事は収入が安定するものではありませんでした。どんな仕事かというと、コーチングというのが1番分かりやすいと思います。


コロナ禍は三密と言われていた時期でしたから、直接人と会って教える母の仕事はゼロになり、収入も半年間ゼロになりました。カードも止められてしまいました。まだあります。

母は乳がんになってしまいました。

この連発は母にとって最悪だったと思います。


そこで母は父に頭を下げ、「月3万円の生活費をください」と頼みました。すると父は言いました。


「お前何言ってんの。こんな一等地の家に住まわせてやってんのにこれ以上何を求めるんだ。あげねぇよ。」


ピーーーーしてやろうかなと母は思ったそうです。

顔を見る度にピーーーーとここでは書けないようなことばかりを考えたそうです。


まず、住まわせてやってるとは何でしょうか。

家族って何でしたっけ?笑 と思います。


そんなある日に父は母に、嘲笑いながら言いました。

「だっせぇ!こいつ金ねぇんだって笑 貧乏社長が笑」と。


もし法律がなかったら確実にぴーーーしてたと思います。法律って大事☺️


その時に母は決意しました。

アイツがお金を1円も出してくれないなら、思いっきり稼いでやる。と。 カッコいいですよね。

母は強い人なんです。がんになっても関係ありません。バリバリ働き始めました。


徐々に稼ぎ始めましたが、まだコロナ禍での母に対する侮辱は終わりませんでした…。

次回はそのお話から始めようと思います‼️ぜひあの頃を思い出しながらお楽しみください✨


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!