陽87年オフ①
おそらくサンズ史上、もっとも大変なオフだったのではないかなと。
●ドラッグ・スキャンダル②発端
この件の正確な始まりはわからないんですが、86年末、フェニックスの警察が、地元の住民やサンズの選手たちがよく訪れるというバーを調査したというのが、確認できた中ではいちばん古いかなと。
サンズの選手たち/元選手たちをも対象とする警察の捜査が始まったとされるのは87年2月半ば。
それによると、フェニックスのナイトクラブを何人かのグループで訪れていたジェームス・エドワーズが、”2月21日のサンズvsバックスの合計得点は226点を超えないだろう” と発言したとされました。
実際に合計得点は222点で、そして、エドワーズのグループにいた選手ではない人物が大金を手にしたとも報じられました。
(バーの店員によるとジャック・シクマ、ポール・モケスキーもいたとのこと)
大陪審は、賭博や八百長の疑惑については言及しませんでしたが、デビッド・スターンは独自の捜査を開始すると発表。
「(マリコパ)郡検事局は賭博に関する事実を一切出しておらず、新聞に掲載された情報以外は承知していません」
「したがって、NBA、フェニックス・サンズ、あるいは他チームの関係者が賭博に関与していると信じる根拠はありません。しかしながら、問題の重大性に鑑み、これらの疑惑について調査を開始しました」
(※NBAは選手と元々ギャンブラーとの交際を禁止しており、それを監視するためのセキュリティ部門も設置しています)
3月頭、マリコパ郡の陪審は、そのバーのバーテンダーを含む5人を恐喝と賭博の罪で起訴。
また、フェニックスにあるレストランのウェイターがそのバーテンダー、ウォルター・ディビス、ジョニー・ハイ、アルビン・スコットにコカインを販売または譲渡した容疑で逮捕されました(この人は、バスケットボールには賭けていなかったと供述したとのこと)。
3月末にはフェニックスでリーグとサンズの関係者、フェニックスの警察署長、郡検事、そして賭博捜査に携わる刑事たちなどが出席した秘密会議が開催。
これはサンズ選手の薬物使用の可能性について議論されたようで、NBA関係者は最終的に一部選手の検査を決定。しかし、フェニックスの法執行官は検査が捜査の妨げになるとして中止を要請したそうです(実際にどうしたかは不明)。
【4月末】
シーズン終了から10日ほど経った頃、新HCがジョン・ウェッツェルに決まりました。
79~80シーズンからサンズでACを務めていたウェッツェルですが、この当時42歳と若いです。
ACにはベテランのハーブ・ブラウンが就任(ラリー・ブラウンのお兄さん)。
60年からカレッジやプロなど様々なレベルでコーチを務めており、ここ4シーズンはCBAでHCを務めていました。
NBAでは70年代後半にピストンズのHC、80~81シーズンにロケッツのACを務めたことがあります。
【6月その1】
6月半ば、渦中のひとり、ハイが自動車事故で亡くなりました。
愛車を運転しながら電柱?に衝突したそうで、調べによると、かなりの酩酊状態にあったとのこと(犯罪行為の疑いなどはなかったそう)。
検察側の大事な証人のひとりだったハイは、地元テレビ局に対して、事件への関与を理由に脅迫状や脅迫電話を受けてると話していました。
【6月その2】
①ビル・マーティンと契約。
②エド・ピンクニー&88年のドラフト2巡目指名権をキングスに出し、エディ・ジョンソンを獲得。
③ウィリアム・ベッドフォードをピストンズに出し、88年のドラフト1巡目指名権を獲得。
マーティンはキャリア2年のF(6フィート7インチ)。
昨シーズンは開幕直前にペイサーズを解雇され、しばらくCBAでプレイしていました(シーズン終盤にニックスと10日間契約)。
CBAではブラウンの指導を受けているので、今回はその縁かなと。
ジョンソンはキャリア6年のSF。シューターです。
プロ入り以来キングス一筋でプレイしており、2~3年目にはスタメンとして毎シーズン平均20点前後をマーク。
ここ2シーズンは主に6マンとして平均19点ほど稼いでいます。
【ドラフト】
1巡目第2位でアーメン・ギリアム、3巡目第53位でウィンストン・クライトを指名。
ギリアムは6フィート9インチ・230ポンドのPF。
高校時代はフットボールでの活躍が目立っていましたが、本人の気持ちはバスケットにあり、フットボールの強豪校からの誘いを断って、ジュニア・カレッジへ。
そこで1シーズン過ごしたのち、UNLVに移りました。
ギリアム在籍中の同大は強く、毎年NCAAトーナメントに進み、87年にはファイナル4に進出。
86年には世界選手権でもプレイしています。
ポストでの得点パターンが豊富で、アップテンポなゲームでもそれを仕掛けられるのが特徴でしょうか。
4年次の映像をみると、NBAでの姿とそう変わりないように見えます。
愛称の ”ザ・ハンマー” はカレッジ時代のチームメイトが名付けたんだとか。
UNLVでギリアムを指導したジェリー・ターカニアンは、のちに「彼は、史上最高のレベルズの選手のひとりであり、私が指導した最高の選手たちのひとりだった」
「私の評価では、ラリー・ジョンソンが1位でアーメンが2位なんだ。彼は素晴らしい人間だった。皆が彼を愛し、彼も皆を愛した。とても優しく、思いやりのある男だった」と語っています。
クライトはテキサスA&M出身のF。
6フィート7インチ・233ポンドという体格ですが、過去の映像をみるとPFですかね。
カレッジ時代は、リバウンドとブロックショットが武器でした。
【8月16日】
ノースウェスト航空255便(デトロイト発フェニックス行き)が離陸時に墜落。
154人に乗客が亡くなり、その中にはニック・ヴァノスとその婚約者もいました。
昨シーズン終盤に活躍を見せたヴァノスは、当時のチームメイトや関係者によると、物腰が柔らかく勤勉で非常に献身的な若者だったとのこと。
アルバン・アダムスは、「ニックは2年目にして、真の将来性を見せてくれた。彼は本当に大きな進歩を見せ、私はこう思ったものだよ ”この選手はチームにとって真の戦力となるかもしれない” とね。うちのチームにとって本当にいい選手だった」と絶賛。
ヴァノスと同じく左利きのボブ・レニアーと共通点があったとも評しています。
ジェイ・ハンフリーズも「あの出来事がなかったら、彼はNBAで長く成功したキャリアを送っていただろうね」と惜しみました。