王82年オフ①
数年後のサクラメント移転に繋がる動きが出てきます。
【82年4月30日】
ジェフリー・コーエンがエグゼクティブ兼GMを辞任。
後任として、ジョー・アクセルソンが5年契約で戻ってきました。
主要オーナーのH.ポール・ローゼンバーグは、アクセルソンを呼び戻したことについて、
「プロバスケットボールは、私たちの街にとって重要な局面を迎えています」
「ジョーが、1972年の夏に、彼自身がこの街に連れてきたフランチャイズとの5年契約に同意してくれたことを、大変嬉しく思います」とコメント。
リーグの事務局にいたアクセルソンによると、キングスからのオファーは10日前だったとのこと。
コーエンは事実上の解任ですかね(チームには残るみたい)。
アクセルソンは、就任発表の記者会見で、
「地元密着型のオーナーシップが、その努力を実らせてきました」
「素晴らしいコーチがいます。若いチームですが、おそらく皆さんが思っている以上に強いでしょう。このチームには、NBAレベルの選手が8人もいます」と話しました。
また、プロ・バスケットボールのチームには4つの段階があるとした上で、今後の目標についても一言。
「一つは、毎試合負けそうなチーム」
「2ndステージはホームで勝ち、アウェイで負けるチーム。このチームは今そのレベルです」
「3rdステージは勝率5割でプレイオフに進出するチーム。そして4つ目のステージは(優勝)リングです」
「このチームは、明らかに2ndステージにいる。私たちの目標は来年3rdステージに進むことだ」
昨シーズンの低迷については、
「正直言って何が悪かったのかわからない」
「このチームは大きく後退したが、修正できないことはないと思う」とのこと。
「私はバスケットボール・チームの責任者だ。チームが成功すれば、その功績の一部は私にも与えられるだろう。もしそうならなければ、私が責任を取るよ」とも言っていますが…
ローゼンバーグは “アクセルソンの再雇用が最善の解決策だった” としています。
「ジェフ(コーエン)の行動や不作為が原因だとは思わない」としつつも、「これが、我々が求めていた解決策だったということなんだ」と。
因みに、NBAコミッショナーのラリー・オブライエンは、リーグのフロントオフィスからアクセルソンがいなくなることを惜しんでいます。
「ジョーは、個人としてもプロとしても、代わりを見つけるのは難しいでしょう」
「しかし、カンザスシティのフランチャイズの継続的な成功を確実にするために、彼の努力と能力がこれからもNBAに捧げられることを嬉しく思います」
【82年6月17日】
ローゼンバーグ、レオン・カロセン、ロバート・J.マーゴリンら主要オーナーグループは、キングスの株式の50%をニューヨークのビジネスマン3人(アーウィン・ファイナー、アル・スタインバーグ、B.ジェラルド・カンター)に売却しました。
これはオーナー交代ではなく、オーナー構成の再編です。
【ドラフト①】
1巡目第5位でラサール・トンプソン、第17位でブルック・ステップ、3巡目第51位でジム・ジョンストン、4巡目目第74位でマイク・サンダース、8巡目第166位でエド・ニーリーを指名。
トンプソンは6フィート10インチ・245ポンドのC/F。
テキサス大史上6人目のNBA選手で、愛称は“タンク” 。
生まれも育ちもシンシナティで、子供の頃はオスカー・ロバートソンのプレイを見るのが好きだったことから、キングスに指名されて嬉しかったようです。
まだシンシナティにいた高校時代から注目を集める存在で、テキサス大では1年生のときからインサイドの要として活躍。
大学には3年間しか在籍しませんでしたが、3年間の総リバウンド数はテキサス大史上1位。
81~82シーズン(3年生のとき)にマークした平均13.5リバウンドは全米トップでした。
武器は、見るからに強靭な肉体とそれを活かしたリバウンド、ブロックなど。
オフェンスは、器用なタイプではありませんが、シュート自体は悪くないです。
ステップは6フィート5インチのSG。
コミュニティ・カレッジで1年過ごし、2年次からジョージア工科大へ。
3年次(79~80シーズン)の学業成績がNCAAの基準を満たさず、そのため翌80~81シーズンは出場資格がなく、81~82シーズンに4年生としてプレイしました。
【ドラフト②】
ニーリーはカンザス州立大出身のF(6フィート7インチ・238ポンド)。
NBAのPFとしては上背がなく、運動能力が高いわけでもSFをこなせるほどのスピードやスキルもないんですが、フィジカルさと賢さを兼備したハードワーカーです。
高校時代はお父さんがコーチを務めるチームで活躍しましたが、カレッジ進学時の評価は高くなく、カンザス州立大のジャック・ハートマンHCの誘いを受けて進学。
(二ーリーはカンザス大のファンとして育ったとか)
カレッジでは1年生でスタメンに定着し、リバウンドでチームをリード。
ひとつ上の学年にローランド・ブラックマンがいたこともあると思いますが、二ーリー在学中の同大は3年連続でNCAAトーナメントに進みました(2~4年次※4年次にブラックマンはいません)。
学業も優秀で、2~4年生までアカデミック・オール・ビッグ8に選出され、アカデミック・オール・アメリカンの2ndチームに入ったこともあります。
ハートマンはのちにこのように振り返っています。
「ニーリーは6フィート7インチでジャンプもできない少年だったが、国内屈指のリバウンダーになった」
「エド・ニーリーには、大学でトッププレイヤーになれる要素がいくつかあると、私はかなり明白に感じていた。
明らかに誰も彼をリクルートしなかったし、誰も気づかなかったね」
ノースカロライナ大のディーン・スミスHCもまた二ーリーを評価していたひとりでした。
「何人かの選手がリバウンドを争って、ボールがこぼれたらニーリーが獲るんだ。彼は、ボビー・ジョーンズやエイドリアン・ダントリーのような手を持っているんだ。いつか素晴らしいプロになるよ」
ジョンストンは、ドラフト翌日のトレードでホークスへ。
キングスは見返りに84年のドラフト2巡目指名権を獲得しました。
サンダースは10月頭に解雇となりますが、来るシーズン中にスパーズに拾われます。