医学者・許浚(ホ・ジュン1537-1615)を、韓国の漢方医たちは偉大な師として仰ぎ見、親しみをこめて許浚先生と呼びます。
許浚先生は李氏朝鮮時代に王につかえる医師(=『御医』)として活躍しました。
『東医宝鑑』を記して朝鮮医学を集大成した医家として有名です。
『東医宝鑑』はユネスコの世界文化遺産に指定されており、中国・台湾を始めベトナムなど東南アジアに渡って、東洋医学研究者たちが拠り所とする古典となりました。
許浚先生を主題にしたドラマを見てご存知の方も多いのではないでしょうか。
[医者意也]を強調された許浚先生に関する逸話で、気の昇降浮沈に関するものがあり、ご紹介したいと思います。
許浚先生は柿の葉がはらり、はらりと落ちる秋の日に、囲碁の名手と対座し囲碁三昧に耽っておいででした。
柿の木の下に席を設け、囲碁を楽しむ情趣に浸っていたところへ、教え子のひとりがあわてふためき駆け寄ってきて、「急患が出て一刻をあらそう状況だ」と急かせます。
弟子:「患者は突然にひどい胃もたれを起こして、お腹が石のように固まってしまっています。どうぞ早く診てあげてください。」
許浚先生:「鍼で四関(合谷・太衝穴)を刺激するのが第一。あとはおまえの判断にまかせる」
弟子:「当代きっての名医と仰がれている方が、こんないい加減な対応をされるとは!!」
弟子は仕方なく、自分で対処しようと試みました。
指示された通りに四関穴に鍼をさしたり、手足を揉んでみたり、お腹をさすったり、あらゆる方法を動員してです。
しかし、効き目はありませんでした。
胃もたれは二つの種類に分けられます。
ひとつは、上方では吐き、下方では下痢をする上吐下瀉、つまり霍乱型で、もうひとつは吐も瀉もできない気不昇降(気が上昇も下降もできない)=関格です。
前者については、つらいですが我慢してできないほどではありません。
また、「藿香」(漢字にすると同じ「霍」部が入ります)がよい治療薬となります。
後者はかなり深刻な状態で、対処を誤ると命を落とすことにもなりかねない急病のひとつです。
弟子が出会った患者は、まさにこの関格だったのです。
弟子は再度許浚先生のところへ行って、直接手当てをして下さるようにと催促しました。
許浚先生は重い腰を挙げたかと思うと、ちょうど足下のあたりに落ちていた柿の葉を一枚、二枚と掻き集めると、「これを煎じた湯を飲ませるように」と指示されたのです。
弟子には呆然となってしまいました。
柿の葉には渋味の成分が含まれまていて、ざらざらと胃を刺激して、回復力を遮断するばかりか、もっと胃を悪くすることもある、と思ったからです
弟子は考え込みました。
「こんなことがあっていいものか。まじないでもあるまいし。それに平素には消化不良に柿の葉を使ってはいけないとあれほど強調されておいでだったのに。」
納得はできなくても、師匠の指示ですから言われた通りに柿の葉を煎じて飲ませたところ。。。
嘘のように患者が快癒に向かうではありませんか!!
そんなわけが!!
弟子は許浚先生の至った境地が一層神秘的で、魔法か何かのようにも思えてくるのでした。
弟子が、使っては逆効果だと思った柿の葉で、患者の気不昇降=関格が治ってしまった理由を尋ねると、許浚先生曰く、
「消化不良に、気にぶら下がった葉を使ってはいけないと教えたことはあっても、木から離れて落ち葉となった柿の葉を使うなとは言ってないはずだ。」
そうです!! 同じ露でも、朝露と夕露では性質が異なるように、同じ柿の葉であっても、まだ木につながっているか、落ち葉かによってまるで性質が違ってしまうのです。
落ち葉となった柿の葉は、"降ろす"気を帯びているので、それを利用して消化不良の急患の'詰まりを降ろ'したというわけです。
ここまでの話は、あくまでも寓話であって、許浚先生の実際の言動録ではありません。
まして実際に臨床で応用してください、という意味でお話したわけでもありません。
同じように見える韓方薬剤も、様々な条件によって「気の流れ」や「性質」が異なることが多々あるので、それらを深く洞察して処方薬に用いなければならないという戒めを教示してくれるものです。
椿漢方はソウルにある韓方クリニックです。
漢方薬と鍼治療で健康と美容のお手伝いをさせていただいています。