複合エキス剤1  葛根湯

 

いまから五年ほど前、勉強と見聞のため東京に住んでいました。

大田区の平和島駅前に「つづの薬局」という漢方専門薬局があるのですが、こちらの薬剤師であるつづの先生と知り合いになれたことは大きな幸運でした。

 

囲碁が趣味の点と、漢方に携わっているところが私との共通点で、ことばがまだ少々不自由だった私ですが、「手談」(囲碁を打つ方は納得されると思います。

碁盤を間に置き石を打つうちに、相手の心を読み、性格を把握し、気持を交流させることができます)というノンバーバルな方法を通して年の離れた友人をつくることができました。

 

歴史に造形の深いつづの先生は、歴史を語り始めたら滔滔と尽きることがないので、会話の種に悩むこともありませんでした。

先生はいつもご自身を「かわりもん」と表現なさいましたが、学識が高く、そのうえ偉ぶらない方でした。

 

つづの薬局に遊びに出かけるうちに、日本の漢方についてもいろいろ学ばせていただきました。

印象深かったのは、このつづの薬局で頻繁に処方する方式が「複合エキス剤」だった点です。

「複合エキス剤」とは、葛根湯、青清龍湯など、単一処方でエキス(顆粒薬)剤として出ているものを複数組み合わせて調合することで、より症状にあった処方に作り直すものです。

 

複合エキス剤を多用する現場をみてすぐのことですから、韓国に帰国してまた臨床の場に立ったとき、早速記憶に新しいその方式を取り入れました。

複合エキス剤は組合わせによって漢方医の考えにかなり近い処方を作り出せる上に、患者さんが直接煎じたり、クリニックで煎じたものをまた取りに来たりという手間と時間を省いてその場で薬を提供できるところが大きなメリットです。

風邪をひいていますぐに薬がほしい患者さんに対して、調合して、煎じるまでの半日から1日をお待たせしなくてもよくなったということです。

 

複合エキス剤は、求められてすぐにお渡しできる迅速さだけでなく、持ち運びが便利、煎じ薬より飲みやすい味、保管が簡単などのメリットがあります。

逆にいうと漢方薬の短所を克服した、とも表現できるでしょう。

複合エキス剤という方法を取り入れることで、煎じ薬一辺倒だったスタイルに変化と融通を持たせ、より患者さんが望む形の薬をご提供できるようになりました。

 

複合エキス剤の処方の考え方の例を、身近な疾病である風邪を例に説明してみようと思います。

 

初期風邪では寒気、発熱、頭痛などの症状が出ますね。

その原因は、寒の気を帯びた風が背中に走る膀胱経を伝ってからだに侵入してきたからです。

この寒気は膀胱経の気化作用の機能をうまく働かなくさせてしまいます。

体内の水分は正常な生理過程を踏んだあと肺に集まって蒸気に気化し、汗や小水を通して体外に放出されます。

ところが気化作用がうまくいかないと、水分は液体のまま体内にとどまることになり鼻水がたまったり、からだが重だるくなります。(からだ全体が冷たい水を含んだスポンジになった様子を想像してみてください。)

寒気は皮膚に分布した毛穴や汗腺を収縮させますので、一層気化が妨げられ、肌の内側で水が停滞してしまいます。

 

さて、風邪が寒気、発熱、だるいなどの初期段階(漢方では太陽病といいます)にあれば、「葛根湯」を単品で用います。

また葛根湯は水毒をやっつける働きも持っていますので、少々の鼻水を同伴している場合に"ぴったり"です。

 

鼻水が全くなければ敗毒散も有効でしょう。

鼻水がひどいときには五苓散を葛根湯に合わせます。

万一、胃がムカムカする消化不良の感があったり、寒かったり熱くなったりを繰り返すようであれば、風邪が少陽病に進行したと考えて小柴胡湯を合わせる方法をとります。

 

10年ほど前のことになります。

冬こそ温泉の醍醐味を味わえる、と聞いて真冬の別府に遊びにいったことがあります。

ところが到着早々、ひどい風邪にかかってしまいました。

何となく風邪の気配がしたのに、せっかく来たのだからとだましだまし露天風呂を強行するうちにひどくなってしまいました。旅行のあいだ中ホテルで休めハメになり、欲張らなければと後悔することしきりでした。当時慣れない日本で薬局に入り、葛根湯と漢字で書いて薬を分けてもらって、ヤケ半分で指定された服用量の二倍ずつを飲み干していった記憶があります。

 

 

  複合エキス剤2 胃腸病に有効な処方

 

胃腸病の原因は大きく二つに分けて考えます。

 

ひとつは腎臓の衰弱です。囲炉裏の火種が消えかかると上におかれた鍋の中身が煮えないように、下に位置している腎臓の命門火が弱まると胃胞の中身が消化されません。

もうひとつの原因はストレスによって生じた肝の火です。肝火が胃胞を傷めると、張るような腹痛が起こります。

 

 

<腎臓の衰弱>

腎臓の命門火が弱まっていることが原因で20~30年来慢性的な消化不良を抱えている患者がいたとします。

この患者に胃腸薬だけを処方する愚は、鍋下の火が消えていて煮えないことを知らずに鍋の手入れだけを熱心にしている姿に例えられるでしょう。


胃腸の働きは、清気と濁気を分別して澄んだ気だけを肺に送り上げることで、肺はその清気を全身に分配したあと、残りは腎臓に貯蔵します。

胃気がはたらかないと清気と濁気の分別が曖昧になり、それらが混じりあった「宿食(食積)」が生じます。これが胃腸病の正体です。

 

胃胞が病むと清気が上に上がっていけずに降りてきてしまうのですが、これは下痢となって現れます。逆に濁気が下に降りていかず上に昇ってきてしまうのが嘔吐です。

 

胃胞に生じた宿食を解く基本方が「平胃散」です。

平胃散に芳香性健胃剤の木香と砂仁を加えたものが「香砂平胃散」です。ストレスの多い現代人にはこちらの方が応用性があるかも知れません。

 

宿食のため清気が降りてきてしまったものが下痢だとお話ししましたが、水様便が出るようなら胃苓湯を用います。これは平胃散+五苓散のことです。

 

宿食はひどくなると腐敗を始め、同時に熱が発生するのですが、この"鬱熱"が上昇すると口臭が起こります。また皮膚に現れると赤みを帯びて痒みのある発疹が生じます。

このようなときには香砂平胃散+茵蔯蒿湯が良いでしょう。香砂平胃散で宿食を解き、茵蔯蒿湯や茵蔯五苓散で鬱熱を冷ますという仕組みです

 

<ストレスによる肝火>

ストレスや神経性の理由により肝火が起こり、胃胞を攻撃するとガスが溜ったりキリキリする腹痛、張ったような痛みが起こります。

こんなときの基本方は桂枝加芍藥湯です。

 

ガスでおなかが張り、もたれるような痛みがあって消化もできないようであれば桂枝加芍藥湯+香砂平胃散を使うと良いでしょう。

 

柴胡桂枝湯も胃熱を冷ましおなかが張ったような痛みを解消します。

柴胡桂枝湯は小柴胡湯+桂枝加芍藥湯のことです。

 

肝はコップと同様、溜められる容量が決まっています。

鬱火で満たされると血が不足してくるし、血で満たされると鬱火が相対的に少なくなります。鬱火が慢性化している場合には血を直接注ぎ込んで鬱火をあふれ出させる方法も有効です。

四物湯で清熱(熱冷まし)効果を期待できるのはそのためです。

 

肝火が進行すると胃の上部にある噴口部位が狭まるので、つかえたりもたれたような感じが起こります。

若干痺れるような感じがすることも。

肝火は熱性のため上へ上へと昇っていこうとするのですが、この動きを止められないと嘔吐が起こります。

 

胃がその機能を果たさないときには湿が発生するのですが、この湿が出口を見つけられずに胃の中に溜ってぐるぐる回っているときには腹鳴が起こり、吐気を同伴します。

このような症状には半夏瀉心湯がピッタリです。

ですからもたれて吐気があり、消化不良を起こしているときには半夏瀉心湯+香砂平胃散。

もしもたれて吐気があり、腹痛を起こしているなら半夏瀉心湯+桂枝加芍藥湯ということになります。

ほかに症状はなくただおなかがゴロゴロ鳴っているときは冷えが原因ですから理中湯を処方します。

 

<その他の胃腸病>

飲みすぎた翌朝に半夏瀉心湯+茵蔯五苓散を服用するとムカムカ、胃もたれがすっきりします。

アルコールを飲んだ直後にからだに力が入らず意識もしっかりしていないときには半夏瀉心湯+茵蔯蒿湯が良いでしょう。

 

便秘には肝通大胞の理論に従い肝を通じさせることが一番です。大柴胡湯+桂枝加芍藥湯の組合わせが考えられます。

この処方は神経性消化不良に短期間用いるとたいへん良く効きます。

大柴胡湯には大黄、芍薬、枳実など疎泄剤がそろっていますし、柴胡、黃芩など清熱剤も入っているからです。

大柴胡湯+香砂平胃散の組み合わせも可能でしょう。

 

 

  複合エキス剤3 咳と痰の治りが悪い時に

 

初期風邪の症状は治まって日常生活するには不都合がないのに、咳と痰がいつまでも残ってしまうケースがあります。

大人でも見受けられますが、子供によく起こりがちで、気が付いてみたら冬のあいだ中西洋薬を飲み続けていた、という話を聞くことも。

 

小児科で咳止め、痰止めの薬を処方してもらっているのになかなか治らず、西洋薬を飲み続けることに不安感を抱いたお母さんが漢方を訪ねてこられるのが平均すると3週間から1ヶ月後。

もう少し早めに来てくれたらよかったのにと残念な気持になります。

 

 

咳と痰に関しては、肺と脾胃の関係を探るのが解決の第一歩です

 

咳は、狭まった状態の気管支を拡張しようとからだが必死でもがく行為といえます。

まずは宣肺剤を使います。

 

痰が透明感があるのか、濁った黄色っぽい色なのかを見て、前者であれば小青竜湯を、後者だったり痰が絡まない空咳であれば麻杏甘石湯がよいでしょう。

 

痰を治そうとするときは、咽喉を見るのではなく脾胃に起きている痰を治療するというスタンスをとるのが基本です。

したがって参蘇飲を基本処方とします。

 

クローバー参蘇飲へ咳が酷ければ麦門冬湯を加味します。

クローバー炙甘草湯も肺の機能を高めてくれる薬ですから、咳が長引き止まらない状況であれば、

小青竜湯+麦門冬湯+炙甘草湯という組合わせが考えられます。

クローバー万一この患者が肝火を帯びた爆発的な咳をしている方であれば、(これに当てはまるときのほかの目安としては、痰がネバネバとして濃く、痰さえでれば咳は一時的に治まる、などがあります)小柴胡湯を追加することも考えられます。

 

それではいくつかのケース別に処方例をみていきましょう。

 

クローバー痰が絡む咳には小青竜湯+麦門冬湯+参蘇飲

クローバー粘りの強い黄色い痰が絡む咳には麻杏甘石湯+麦門冬湯

クローバー寒気がしてからだがだるい咳には小青竜湯+参蘇飲(この複合処方では結果として葛根湯に近い処方になり得ます。)

クローバー夜間に酷くなる咳は陰虚証ですから六味地黄湯や清上補下湯を別途服用します。

 

長期間症状が続いている咳と痰には、煎じ薬をもって抑えるのが治療効果を考えると大原則です。

私の臨床経験が溶け込んだ、金水六君煎に生薬数種類を加味した椿漢方オリジナル処方は、治療効果の面でかなり優れた処方だと自負しています。

その内容はというと、金水六君煎に貝母、杏仁、破古紙、五味子、蘿葍子、瓜蔞仁、麻黃、山藥、紫宛を加えたものです。

 

小児の慢性化傾向にある咳・痰には二陳湯に桔梗、枳殼、瓜蔞仁、貝母、黃芩を入れるとよく効くようです。

腎水不足による長引く咳には六味地黄湯に麦門冬、貝母、杏仁、陳皮を加味して用います。

 

 

  複合エキス剤4 女性実業家の不眠と胃腸不良

 

女性実業家ダイヤさん。

友人の紹介を受けて椿漢方を訪ねてこられました。

 

聞けば不眠と多夢、消化不良が2ヶ月間続いているとのお話。

 

そもそも不眠症自体が七情と深く関連しているため、今度の場合もなかなか手ごわい治療になるだろうと覚悟しました。

ですから診察時にも、感情のわだかまりや性格的な偏りがないかにまず注目しました。

 

やや痩せ型。血圧正常。

脈拍数が多く鬱火が見て取れます。

手足が冷たい反面顔は上熱感があり、体全体がよくむくむとのこと。

気の巡りに問題があって新陳代謝が落ちているようです。

小水は1日10回ほどあるもののすっきりとは出ず、お通じは1日3-4回もあって少々痔があるとのこと。

お通じが頻繁すぎるのでは?、それなら食積がまず疑われます。

舌診の結果白苔がかなり厚くできています。

これは、七情の欝滞よりも胃胞の欝滞に当てはまりそうです。

腹診してみると心下圧痛がおつらそう。(みぞおちの辺りに軽く触れるだけでひどく痛いとおっしゃいます)

これは確実に食積が原因です。

 

あれこれ会話を交わすうちに、彼女は感情を押さえ込んで心にため込むタイプではないということがわかりました。

 

事業に神経をすり減らし、ストレス性の消化不良を起こしているのに従来の食習慣を改めないため、胃の中に消化しきれなかったものが積もり食積が生じました。

これが原因となって全身の巡りが悪くなり、疲労感がとれず、睡眠障害まで引き起こしています。

胃腸が疲弊しきっているのですから眠れなくなるし、いったん眠っても夢を多くみたりすぐに目が覚めてしまうというわけです。

 

処方は平胃散本方に龍眼肉と酸棗仁を君薬とし加味しました。

鍼治療には自律神経を安定させる目的で週3回通っていただきました。

 

結果は大満足といえました。

治療開始1週間で(出張予定があり実はこの1週間がリミットでした)霧が晴れるようにすべての症状が一斉に良くなったのです。
久しぶりに気持ちよく、召し上がりたいものを召し上がったと喜んでいただきました。

 

 

クローバークローバークローバーこの記事は患者様ご本人の了承を得て掲載しております。

 

 

  複合エキス剤5 ストレスと疲労が主原因-女性の膀胱炎に効く処方

 

膀胱炎は30-50代の女性に多い疾患です。

その理由は、

身体の構造上の問題 

  ー尿道が短い上に肛門との距離が近く、細菌に感染しやすい。

冷え性が多い

  ー冷えると膀胱の細菌に対する防御力が弱くなります。

疲労とストレス(漢方では体内に火メラメラが起こるといいます)が体に影響を与えやすい 

  ー疲労やストレスで免疫力が弱まると細菌に感染しやすくなります。

 

 汗 トイレに行ったばかりなのに、またトイレに行きたくなる

あせる トイレに行っても行っても、まだ尿が残っている気がする

ドンッドンッ 尿の終わりにチリチリとした痛みがある

 

そう訴えて来院なさったのは、普段は肩こりの治療でお越しになるQさん(40代 女性)でした。

 

実は膀胱炎が何度目かで、いままでは内科で抗生剤を処方してもらえば数日で回復していたのに、今回は1週間が経過したのに症状が治まらないとおっしゃいます。

膀胱炎で漢方とは思い浮かばずどうしたものかと悩んでいたところへ、親戚のアドバイスで漢方が効くと聞き、訪ねてこられそうです。

 

Qさんに出した処方は次の通りです。

 

小柴胡湯 +排膿散及湯+托裡消毒飮

 

小柴胡湯 は肝火を消す目的に、排膿散及湯+托裡消毒飮は消炎・解毒目的に使用しました。

症状がひどい場合にはここへ龍膽瀉肝湯を加えるとよいでしょう。

 

週末ゆっくり休んだQさん、すっかりよくなって月曜日には小学校入学前後に突然皮膚炎が起こった息子さんを連れておみえになりました。

 

クローバークローバークローバーこの記事はご本人のご了承を得て掲載いたしました。

 

 

  複合エキス剤6 アトピー治療

 

6年前からヨーロッパにお住まいの、20代中盤の女性患者

漢方治療ははじめて。

生まれてすぐのころからアトピーの症状が出始めたということです。

 

普段は手・肘、頸の辺りがかさかさになりかゆみがある程度。

ですが、学業や就職活動、引っ越しなど疲労気味のところへ、都合で日本や韓国に数週間滞在するなど無理が重なり、症状が重くなってきたとおっしゃってクリニックにお越しになりました。

見ると顔面全体にアトピーの範囲が広がっており、美容が気になるお年頃なだけにご本人の傷心は推してあまりあります。

 

<既往症>

幼少時に喘息。

3-4年前から花粉症。

いつも肩がひどく凝っている状態。

眼精疲労。(成人後)

唇が乾きがち。(ここ数年)

 

1ヶ月半後にはヨーロッパへお戻りになること、それまでも韓国と日本を1-2度往復する計画があること、夏場で薬の保管に注意が必要な時期であることなど、煎じ薬を携帯し常服できる環境ではないことから、当初から複合エキス剤で治療することに決定しました。

 

六味地黄湯+小柴胡湯+黃芪建中湯+黃連解毒湯

1日3回服用で1ヶ月半分処方

 

ソウル滞在中には時間が許す限りお越しくださる約束で、実際3回ほど鍼灸治療(主に肩の治療)においでになりました。

その度に目に見えて皮膚の状態が好転していました。

 

ヨーロッパにお帰りになる直前に薬を飲みきってお訪ねくださった時点では、顔面の炎症はほぼ完治。

もっとも古くからアトピーが現れて、症状も重かった手の部分は20%ほど改善された状態で、こちらはもう少し治療期間が必要です。

この時は上の処方に少し手を加え、黃連解毒湯を半量に減らし、その分を茵蔯五苓散で補いました

これを1ヶ月半服用して、またご連絡いただくことになっています。

よい知らせが期待されます。

 

 

クローバークローバークローバー この記事は患者さまご本人の了承をいただいて掲載いたしました。

 

 

椿漢方はソウルにある韓方クリニックです。

漢方薬と鍼治療健康と美容のお手伝いをさせていただいています。