けふは
私の身に起きたことで
1番強烈だったことをば。
苦手な方は避けて頂きたい。
長くなってしまっていることを
ご了承頂きたい。
そして読み始めたらぜひ最後まで、
何卒最後までお読み頂きたい。
私に起こったこと
ぜひお伝えしたい。
私は目に見えないものと
闘って生きている。
忘れもしない
あの夏。
2011年7月始め
父が倒れた。
過去に1、2回倒れているが
様相が違ったのだ
一週間に一度
倒れていたらしいのだが
母が私に連絡して
来なかった。
1ヶ月経って7月の終わりに母から連絡が来た。
全て事後報告であった。
『父さん、倒れて救急車呼んだんよ。何回か』
兄3人の1番下が私。
女同士ということもあり母は
すぐに私に連絡して来るはずだった。
その時はまだ
ほのかに嫌な気配がしただけであった。
胸騒ぎのなか帰郷したら
母は骸骨のように
瘦せ細り
ギョロっとした目を私に向け
『父さん死んでしまった。果奈さん見てくれる?』
私は母の言うことを聞いて育ってきたため
年に一度の母のエイプリルフールの嘘にさえ
今だに騙される。
私は恐る恐る
父に近寄ると
父は寝ているだけだった。
『なんや。寝とるんじゃけぇ』
こんなに父の言葉に安心したのは覚えている限り初めてだった。
こんな感じのことを
帰郷中ずっと
1時間置き
30分置きに
母は繰り返すのである。
夜も起きて
わざわざ一階で寝ている私の元に下りて来て、
『父さん死んでしまった。果奈さん見てくれる?』
と繰り返すのであった。
その度に心臓が止まりそうになりながら
母に言われるまま
何度も
何度も
二階の部屋まで見に行った。
私は母を抱きしめて
『父さん生きとるよ。大丈夫。大丈夫。』
何度も
何度も
母に向けてはいるが
私に向けている言葉でもあった。
とても認めたくは無かったが
悪いこともせず献身的に人生を
送っていた母は
何らかの身体的な原因、
あるいは老化により
呆けてしまったのだ。
食事さえ摂っていないようだった。
私も東京に戻らなくてはいけなくて
1番近しい兄、三男に電話した。
1番近いけれど6歳離れた兄は私にとって1番頼りになる存在だった。
初めてのお使いも一緒に行った。
バンドやると行ったらどこからかほとんど新品のギターを持って来てくれた。
両親の喧嘩で泣いていてもずっとそばで慰めてくれた兄。
実家から1時間半くらいのところに住んでいた。
その兄にいくら電話をしても
出ないのだ。
何日も電話して
やっとお義姉さんが電話に出た。
『健ちゃん40℃熱出して一週間会社休んどるんよ。そんなの初めてでうちもちょっと混乱しとるんよ』
次男は行方不明に近いので
仕方なく長男に連絡をとって
母のことを託した。
今考えると到底おかしいが
私もどうしても帰れなかったのである。
ちょっとたくさんのことがあったけれど
とても全部綴れない。
とにかく酷く
全てが私にとって最悪の地獄絵図だった。
近所の人が母を保護してくれた時
母は上半身裸で
アザだらけ
父が跨って首を締めていたそうだ。
父は変わった人だが母に手をあげたことはない。
25歳の私は
生きているって
こんなにも辛く苦しいのか
いっそのこと母と替わりたい。
それができないなら母と、
いっそのこと...
決意と
ゆらぎの中
覚悟のようなものを携えて
誰にも告げずに
帰郷した。
母が第一声
『わぁ。果奈さん帰って来たん。どしたん』
だった。
私はその言葉で母が元に戻っていることを悟った。
私はふにゃふにゃになってしまった。
母の痩せた身体以外
何もかもが元どおりだった。
母は縁側でゆっくりと
話し始めた。
2ヶ月間のことは全て覚えていると。
その間言われたことや
起こったこと
自分がおかしくなったことも
全てフィルム越しのように観ていたと。
母には事の発端が分かっていた。
父と三男と母で知り合いの家の解体に関わったそうだ。
父は古物が好きで古物を扱える資格まで取得している。
古いものがあると呼ばれて買い取ったり古いものを処分してお金を頂いているのだ。
そこで美しい大黒柱があったので
了承を得たので3人で切って家に持って帰ったそうだ。
そこから悪夢の2ヶ月が始まった、と。
大黒柱をしまっておいた倉庫のガラスが全部割れ(もちろん大黒柱が倒れて割れたのではなくて)
白い色の大黒柱だったのだが真ん中からヒビが入り中が真っ赤に
まるで血に染まったように滲んでいたのを見た時から
母曰く家の中全体が煙に覆われたようにモヤがかかっていたそう。
そして父が倒れ、目と耳がさらに悪くなり、母に手を挙げるようになり、
母は父が死んでしまったと言う幻想に取り憑かれ、食事も取らず最終的には娘(私)の名前以外は全て忘れてしまった状態だった。
三男も10日以上熱で寝込んで連絡が取れなかったという。その後もずっと熱が続きながら働いていたという。
ではなぜ戻ったの?
と母に尋ねた。
三男が熱ちょっと下がった時に来てくれて
『母さん、産んでくれてありがとう』
っていって抱きしめてくれたんだって。
それで母は
あぁ、私は4人も子供産んだんだ。お母さんせんといけん。
って目が覚めたんだって。
私も母を抱きしめたけれど
その言葉は出なかった。
私は少し兄に嫉妬したんだ。
みなさまにおかれましては
当たり前の言葉も
交わせない
なんて
後悔しないでね。
ちなみにこの母の霊障は
過去に何回もありました。
母も私も忘れていたんだ。
地震と霊障は忘れた頃にやってくるから
気をつけてね。
生きるって素敵なこと♡
白狐のように美しい木肌は
真っ二つに割れて
どす黒い血のような赤を観せていたよ。
その後しばらくして無くなっていたから
あの木どうしたのって母に聞いたら
あぁ。風呂焚きに使ったよ。
って。
母強し。
・:*+.\(( °ω° ))/.:+
