やっぱり、未だ身体も頭もフワフワした1日が始まった。
その日も、朝から勤務。
とはいっても、お気楽バイト。
インドバックパック旅行から、帰ってくると、友人が見つけてくれていた職場。
当時はバブル絶頂期の建設ラッシュ。
一部上場かは、知らないけどそれなりに羽振りの良かった建設業。
入職するのに面接もなにもなく、すでに帰国した時には、働く事が決まっていて当時にしては、破格のバイト代。
インド帰りの子が入ってくると言う噂は広がっていたか、意外に普通で拍子抜けされたみたいだった。
まだまだお気楽な気持ちの抜けない私は、しょっちゅう休んでたから、母の病院の付き添いもそんな風に思われていたみたいで、私の直属の上司は、出勤するや否や
『がん やて言われたか?笑』
と、ちょっと唇の端を片側だけ上げて私に言った。
笑えない。
その日、お話がありますとその直属の上司を呼び出し、昨日の事を話した。
上司は、しまったという顔をしたかどうかは覚えていないが、神妙な面持ち。
そんなこんなで、母の闘病生活歯幕を開ける。
