今日の将棋王位戦第1局は日曜日ということもあり、また外は猛暑ということもあり、フルモード観戦を決め込んだ将棋ファンは多かっただろうと思う。夜9時にあのような物凄い逆転を目撃しようとは・・・と動揺のおさまらない人が多いはずだ。

 

 渡辺が藤井に開戦の機会を与えないまま千日手に持ち込んで、残り時間で有利な状況で指し直し局に入る。

→指し直し局は相掛かりで用意の作戦が奏功して、微差ながら局面をリードした。

→藤井に特に疑問手がないままリードは拡大するが、藤井の勝負手が入って真向斬り合いモードになる。斬り合いにならない指し方がなかったわけではなく、渡辺本人にとっても不本意なだった模様。

→真向斬り合いのままでもより簡明な勝ち方はあったが、持ち時間のリードが既に消えていた渡辺は選択できず。

→即詰みが藤井玉に生じたが、詰み筋を読み切れず。

→それでも互角以上の形勢に戻す術もあったが、その手順にも入れず。

→矢尽き刀折れました・・・

 

 朝日杯の藤井の2回目の優勝の時の渡辺戦、三浦戦、昨年の王座戦第3局、4局、今年の名人戦の第1局、2局と並ぶ大逆転であった。今日の午後8時段階では、『第1局は渡辺が上手く指したなぁ。第2局の先手番もいい作戦のストックがあれば、この番勝負、思いの外盛り上がるかもしれない』等と感じてたのだが、全くの裏目となった。

 

 将棋の感想に入る前に雑感をいくつか。

 

・鈴木大介の解説は素晴らしいですね。ご本人の頭の良さが良く分かる。(ご本人のお話を直接伺う機会が大分前に私にもあったのだが、脳の回転の速さが尋常でなかった。麻雀でも活躍しており、この辺は全く衰えていない印象である) 比較して悪いが、小山の解説は歯切れが悪く、内山女流のとの掛け合いも仲間内トークのようであり、聴いている方としては分かりにくい。一層の改善努力を希望したい。

・対局場の徳川園。昨日の対局では渡辺の背中側を一般人が歩いているのが見えた。いかがなものか?

・対局のおやつを渡辺が対局場でいただいていたのは大変結構。不二家さんが主催者の叡王戦では両対局者は対局場で不二家さん差し入れのお菓子をいただいた形跡がなく、主催者に対し配慮があってもいいのではないかと私は思うだが(藤井でも伊藤でもこの辺はよろしくないですねと指摘します)、今日の渡辺が契機になって平常化すればよいと思う。

・一日目の対局開始に際し、名古屋市長が盤側にいた。何か変なことをしなければと危惧したが、流石にそういうこともなく。ただ、退席する際、足が痺れたのか、他の人に引き上げてもらっていた。

 

 では指し直し局の感想を。相掛かりから後手の角道が開く前に▲6六角と飛車当たりに覗き、後手の角道が開いたところで手損を厭わず角交換をし、角を打ち込む渡辺。

 

 

 この角が封じ込められたままになりそうで、なかなか踏み切れないものだが、相当な事前準備があったと想像する。2図の▲8二馬は普通なら9二に引いて、馬対生角の差が出るようにゆっくり運びそうだが(馬が自陣に生還できればよし、それを防いで△8三歩なら9九香を後手の角筋から避難→▲8六歩+▲8五桂を狙いに後手に動いてもらう・・・といった方針の方が穏やかである)、本譜は銀に当たりをつけておき、△7一金も防ぎ、機会があればリードのまま仕留めようという発想か。

 

 但しこの時点で1時間以上リードしていた消費時間は、渡辺が少考を繰り返し、どんどん縮まっていく。

 

 ここから押し合い圧し合いが展開し、評価値はほぼ互角のままだったが、潜在的な先手の指しやすさが顕現し始めた3図。ここでこの歩を無視して▲5五銀もあったようだが、藤井相手に斬り合いに出たくないだろうということで、本譜は▲同歩(人間であればそうだろう)だった。

 

 

 △4六角▲同銀△8六龍で竜が活性化する。▲6四桂△6三角▲3四歩で渡辺は15分を投入。これで宗歩の残り時間は5分対4分。藤井相手に最後まで辿り着けるあろうか。藤井はあっさり金を引いたので、渡辺の時間投入はほぼ無為に帰した。本譜はここから叩き合いになったのだが、それがいやならゆっくり▲2二角(鈴木大介推奨手)がよかったのかもしれないし、AI推奨の▲8三角も馬を5六に移動させようという発想の手で思いついてもよかった。

 

 本譜は△3二金▲8三角△5一金▲8七歩△4六龍と竜を切り飛ばし、▲同歩△3六角と進出し、藤井は一気の攻略を狙う。結果的には後手玉が弱くて、この強襲は成立していなかったのだが、AI評価を知らない渡辺にしてみれば、後悔もあったのだろうか。

 

 ▲4八玉△6九角成で寄せの態勢はできたが、▲7一飛が強烈。△3六桂▲3八玉△2八桂成▲同玉で先手玉に詰みはなく、△3七銀▲同玉△3六歩▲2八玉△3七金▲3九玉と銀を捨てて先手玉を下段に追い詰めるが、後続がなく△6一歩と受けを回るのでは、『負けました』と言っているに等しい。▲5二銀△3一玉▲5一銀不成で受けなしになり、△3八銀▲同角成△同金▲同玉△4七角で形づくりもできて、次の手で投了と思った人は多かったはずだ。

 

 ここで玉を下に引けば、もう王手はなく、3六歩がいるため馬筋が2五に通らず、△9二角成に後手玉を詰まして終わりだったが、本譜は▲2七玉だったので、△3七歩成▲同玉で少しだけ状況が変わった。△9二角成▲4二銀成△同金▲6一飛成△4一銀の局面は▲同龍△同玉▲5二金以下の即詰みはあったが、即詰みはこの筋だけになっていた。一分将棋の渡辺はこれを読み切れず▲3二銀としてしまった。orz 私は情けないことに正しい詰め方を読めなかったが、鈴木大介は読めていたようで、激しく動揺している。
 

 

 

 △同玉▲3三金△同金▲6二竜で評価値激減となる。ところが合い駒は△4二金だったので、▲3三歩成△同玉でまた機会が巡ってきた。

 

 

 ▲3四歩△2四玉▲3五銀(!)△同玉▲2五金(!!)△同馬▲4五金△2四玉▲2五歩△1三玉▲9二龍という混み入った手順を選択できれば、先手に分があったという。。。まぁ、人間では無理かな、と思うが、私の8年物の激指しでもこの手順を発掘できたので、このレベルならやっぱり読んでよね。。。というところのなのだろうか。

 

 千日手局も含めて丁寧に丁寧に指していて、上手く運んでいた渡辺にとっては残念の一言だろうが、細かい筋までは読み切れていなかったようでもあり、藤井相手であればありうる事象と総括されてしまうのだろうか。名人戦と同じ展開を予想してしまう私は少数派ではないはずだ。