将棋名人戦第4局、手数は95手ながら濃かったですね。敗勢になった藤井が斜め45度の姿勢のまま俯いた頬が青白く、背中から自身への怒りが噴出しているようにも感じたのは、こっちの勝手読みかもしれないが、何とも印象的な場面ではあった。これで第5局の紋別へ、現地では37種類ものメニューを用意して待っているということで、期待が膨らんでいることであろう。 

 

 

 本局の対局場である別府でも同様の趣向があり、採用されたお店の喜びは格別だろう。

 

 

 

 

 さて、将棋の内容です。 

 普通の角換わり、相掛りだと勝算が立たないと見たか、豊島が3手目▲1六歩。振飛車?と一瞬思うも、横歩取り誘導となった。 

 この戦型、私は以前、存分に愛用したものだが、青野流が出るようになってからは後手番で主導権を握れず、面白さがなくなった。先手ではほぼ横歩取りをさせてもらえることはないので、すっかり縁遠くなったのだが、先後逆になり横歩取られる方(先手)が端歩を突き、八段目に飛車を引いていると、佐々木大地が解説している手順(先手の飛車が8筋に回り、後手の飛車が2筋に展開したところで▲1七角を打てる)で先手にメリットが出てくるとのこと。(7分42秒くらい) そこまで見越しての戦型採用か。豊島の事前準備の行き届き方が感じられる。私個人としてもこの展開で横歩取り戦型を指せるのであれば、練習してみたい。
 


 藤井の自然な△2三歩が▲8三角を許容し、疑問であるということ。

 

 

 

 これもAI前であれば本譜でも序盤は飛車より角という格言もあり、▲8三角に△7二金で互角だよね、という形勢判断があってもおかしくはない。藤井は本譜の手順でもやれると考えていたのか、また飛車角交換で角二枚持つのは相当にまずいという判断だったのだろうか。以下、豊島は飛車角交換に持ち込み、馬は作られたが自然な▲5六金で馬の行動範囲を狭め、かなり快適な序盤である。AbemaのAIはこの時点でも55対45くらいだったが、人間目線であれば先手を持ちたい人が大半で、感覚は70対30くらいだろうか。


 
 

 ここから△8二歩▲6八金と進む。▲6八金のところでは普通の人は馬筋をかわし、左翼の行動半径を広げる▲6八玉を選びそう。▲6八金だと先手玉が全く動けなくて、それだけで感覚的に忌避したくなる。豊島は馬にアタックをかけつつ、左翼で手を作るのだろうか、と私なりの予測したが。。。。しかし封じ手の▲7七桂以下局面は急に激しくなった。以下二日目午前中は双方△3三桂▲6五桂△2五桂と左桂を跳ばすだけで終わり。▲6五桂は後手の馬が防御に機能していない内にケリをつけようという覚悟と感じられる。▲3八金と3七を支え、馬を殺し、先手好調とも見えるが、ある程度指せる人なら以下△同馬▲同飛△4七角▲2八飛△3九銀と本譜のように進んで飛車の処置に困り、この手順でいいのか再検討をしたくなる。本譜の▲5八飛はなかなかみえないところで、なるほどであった。

 



 これは駒得が拡大し、馬が角に変わっているし、打った銀がイマイチだし、豊島が相当に勝ちやすそう。。。と思ったのは私だけではないはず。AI評価がどうであれ、後手玉が薄すぎるので飛車を手持ちにしている先手の方針が立ちやすい。しかし、そうは進行しなかった。 

 藤井は封じ手以降攻勢モードで推移してきて、駒損までしたのに、ここでいきなりギアを下げて△5二玉。AIはこの手を推奨していたが、展開の合理性が私レベルでは感じられない。この手順になるなら、先に後手玉を移動させてから攻勢を展開すればいいのでは?と定性的に分析をしたくなる。(私は局面を定性的に分析してから大局観→方針を定めて、個別の手を読み始めるタイプ) この手順を将棋仲間が指したら、相当に批判を浴びるだろうなぁ。。。本譜に踏み込める藤井の思考に「また凡人の理解を超える事象が出たか」と唸るしかない。

 ただ、この手は▲7四歩のインパクトを事前回避しており、もちろん合理性はある。ではでは・・・と私なら後手玉のコビンである4四に歩を置きたくなるのだが、豊島は初志貫徹の▲7四歩。△同歩で歩の突き捨ては通った。次手は玉が逃げているのに▲9五角。

 

 これで評価値がほぼ互角に戻ったのだが、豊島なりの理由はあったはずで、推測すれば下段に金を打たせたことで自玉への脅威は減ったし、上から攻めればこの金は戦線参加できないから先手に利があるよね、というものではないか。そういう方針があったかと想像させるように豊島は▲7七角〜▲4四歩の転用。弱点の5三狙いの筋はあっても、いかにも攻撃力が弱い。とても後手陣を攻略できる感触がない。戻って、▲9五角では▲8六角が本手らしいがこれは読める手ではなく、もしくはAI推奨の▲3八飛打であれば普通に思いつけそうで、これでもよかったはずだ。

 

 ▲4四歩△同歩▲同角△6二銀(両対局者はこの手を問題視しているが)と進行したところが私目線での問題の局面。▲5五飛が「いや、本当に指すの?」という中段飛車。これ、程々に指せる人でも「読み抜けだったらどうしよう?そもそもこんな手が正着のはずないよね、違っていたら恥ずかしすぎる。別の手を考えよう」となりそう。豊島の葛藤は分からないが、良く踏み込んだ。

 

 

 △4一桂に対し▲2五飛と自陣に侵入してきそうだった敵の桂馬を除去はできたが、生飛車二枚の風景は見た目もよろしくない。△1九馬と香車を奪い、藤井も反撃力は維持できている。豊島は指し切り誘導モードになっていて▲3八飛と銀を責める。

 

 ここでAIは△2八銀成を推奨。▲同飛下なら飛車が質になり、奪った香車を4二に打てば角の入手も見込め、飛車角で居玉の先手を攻撃できるということだが、この銀成は相当にみえないか。いや、ただで銀を取られるくらいなら、成捨をいれよう、となるか・・・でもこれ▲同飛の一手ではなく、▲5八飛と逃げられたら後手の攻撃陣が相当に遠い。こちらの変化は後手目線でどうなのか? そもそも△4二香に▲4五歩と受けられると角香車交換とはいえ、歩がコビンに進出するのはどうなの?(この論点は佐々木大地も指摘していた)等々検討するべき事項が多すぎる。いずれにしてもこの段階ではAI評価は互角。夕食休憩が済んでの時間帯(19時半)でこの状況はすごい。
 


 ところが、ここからの形勢の急変が凄すぎる。藤井は上の変化ではなく△4三歩と角に当てるが▲3九飛と馬当たりで銀をボロッととられ、△1八馬に▲3八飛と再度当て返され、△5四馬と移動するが、これで手番が先手に戻り4四角に逃げられた。後手に飛車角が渡っていたかもしれないところから2枚とも生還しただけでなく銀を奪われ、ひどい損である。さらに2五飛が邪魔なので持ち駒の香車を手放してもその香車は成れない。△2七馬に▲4八飛が素晴らしい判断である。

 

 王手飛車の筋に入るが△3七馬に▲4五飛寄として中段飛車は大活躍。さらに懸案の先手玉形も6九に移動して安泰化。もはや盤石である。この展開は振り返って然るべきだと思うのだが、感想戦では言及がないままだったようで(上述のようにその前の▲4四角△6二銀を両対局者は掘り込んでいた)、これも謎だ。周りが訊くべきではないか?

 夜戦での形勢悪化が藤井らしくなく、もしかすると昨年度よりは藤井の調子が悪いのかも?と思わないでもないのだが、中盤の粘り強い指し手には藤井らしさも出ており、過度の心配は無用だろう。他方、豊島目線では快勝といってもよいのではないか。上述の▲9五角も方針には乗っており悪手と批判される類のものではないと私は思う。

 次局は藤井先手で藤井の期待勝率が相変わらず高いが、この番勝負だけを見直せば、豊島はいい将棋を指しており、勝負としては存分な鑑賞甲斐があるだろう。来週の月曜日の午後はテレワークで確定しました。長くなりそうなので、北海道米をいただいて備えます。