一晩たっての正直な感想である。濃厚フレンチをフルコースでいただきました!くらいの感触が脳に残っている。24年度将棋界で行われたタイトル戦は現時点では3局だが、どれもこれも素晴らしい内容で、将棋ファンとしては申し分ない。疲弊もしているが、指している当人達は別次元であり、感謝しかない。だってそうでしょう? 21年、22年の名人戦のスカスカ度を思い出せば、この春の将棋界の濃さは凄いですよ。それも藤井がもたらしたもの、また対戦相手が藤井に負けながらも努力して少しは距離が縮まってきたからかもしれない。

 

 名人戦第2局の戦型は豊島のひねり飛車志向。遥か大昔の1970年代、80年代には大流行し、将棋に必勝法があるとすればひねり飛車かとまで言われたものである。飛車先の歩を手にして、効率的に石田に組め、先手玉は美濃囲いにできる、左金を囲いにくっつけることも可能等々メリットが主張された。結局、振飛車の早石田もそうだが、この形がみかけはよくても、飛車が標的になりやすいよね、ということが分かり始めて廃れたという経緯と私は認識しているのだが、その戦法をここで持ち出してきた豊島には何らかの算段があったのだろう。しかしその算段は盤面に現れる前に破砕された。

 

 藤井はこの手に1時間以上を投入しているので、現場で捻りだしたのだろう。この戦型の豊島採用は予想外だっただろうし、自分自身の採用戦型としては事前想定もしないだろうから、即席対応のはずだ。驚くことにAIも同意見である。この手もそうだが、その前の飛車の8四の位置取りも旧来のひねり飛車に馴染んだ私には奇異である。現役大学将棋部員だった頃、当たり前だが全く持ちえなかった発想であり、密かに感動をしたのである。ひねり飛車流行時のトップ棋士達(中原、加藤、米長、桐山、谷川・・・)はこの組合せを検討したことはあったのだろうか?

 

 

 藤井の凄さというと、終盤力が何といっても目立つのだが、この辺りの構想力も人外であることが顕現している。

 

 豊島は藤井の大駒を抑えらえなくなった。ここから長い隠忍モードに入る。封じ手で2筋の歩を謝り、飛車の位置が安定しないまま、桂打ちを食う。直前の▲6六銀は相当に考えにくいところで、8六は論外として6八はありそうだった。この桂打ちから1筋襲撃のコンビネーションで飛車は捕獲されそうだが、直ちに飛車が使われる状況でもないので、やれなくもない。。。という判断か。飛車が大切なアマには取りにくい路線である。しかし、結果を鑑みれば最善の指しまわしだった。

 

 

 ▲7七飛△1五歩▲同歩△1七歩で先手陣はいきなりピンチ。▲1四桂と豊島は1筋を支えるが、この桂馬自体の働きはないところで、藤井は意外にも△同香。ご本人も局後によくなかったと語ってはいたが、本譜の進行に道理はあった。

 

(※このレベルの将棋で、控室やAIと違う手を選択したことを以てあれこれ言っても意味がない。まして、ただのアマの私がそこを話す意味もない。私は思考の一貫性の有無の観点や合理性、蓋然性で将棋を論じたい。)

 

▲同歩△8五桂で飛車を仕留める。▲1三歩成でと金ができるが、△7七桂成▲同角△1五飛で1筋には後手の巨大戦力が集中しており、自陣飛車にはなるが有効戦力ではある。この辺りを藤井は評価したのだろうと想像する。

 

 

 ▲2八玉を強制し先手玉が後手攻撃陣の前に引き釣り出された。△1三飛でと金も除去し、歩切れ解消にも成功した。▲5九角と防御強化に応じて△2五桂と跳ね出し、1筋攻略が見込めそうな駒の配置である。8四飛と6四桂が全くの遊び駒だが、飛車の再活用はできる。歩を入手したので、先手の角が移動する状況があれば△8六歩からの飛車の再活用を組み合わにより、それなりの攻め筋のバリエーション、即ち飛車銀交換には持ち込み、1八に打ち込む筋は見える。こういう筋立ては私レベルでも想像できた。ただ惜しむらくは小さな穴があった。

 

 ▲2六桂とされると、飛車の横方面の逃げ道を確保しなくてはならない。1七歩のため香車打ちに備えて△1一飛と逃げても▲1四香を防ぐ歩がない。よって△2四歩が必要になり、▲1四歩△3三飛の位置が悪い。▲1七桂と頼みの歩を除去され、△1六歩▲2五桂△同歩▲4五桂が激痛。△2三飛と逃げるのでは手の一貫性が消えている。▲3四桂と結局飛ばれるのであれば、最初から飛車を2三に移動する方がよかったことになってしまう。繰り返しになるが、この間、要の1七歩が除去されているのである。△3一銀▲3六歩で4図。

 

 3図との様変わり振りがすごい。豊島がいかに精密に指したかということか。角の転換も見込め、第1局の△9五角からの活用を彷彿させる。当代最高の角遣いと評しても苦情は出ないだろう。

 

 ここは藤井が粘る番である。有効手がないので△5二玉と逃げだす。▲1五角と先手の角がさらに脅威となったので、△2六歩と突っかける。▲2四香に対し、もしかすると最善手ではないことを承知で△2五桂。普通は2七で精算して△2四飛以下の玉角田楽刺しを狙いそうなものだが。

 

 

 ここが問題の局面で、突如、豊島が大長考に入る。実に46分。Abemaの解説陣が2巡してしまい、話すこともなくなってしまう。私自身、この将棋に関していえば、名人戦盛り上がりの観点で豊島に勝ってほしいものよ、と豊島サイドで観戦していたので、

 

 考慮10分越えの頃に

・▲2三香成以外の手はとりあえずないので、まずは指せ!

・読みを外されたのが見え見え過ぎるので、悟られないようにとにかく指せ!

となり、

 

 考慮20分を越え始めたところで、

・せっかく残り時間で優位だったのに消えそうやん?

となる。。。

 

 考慮はまだまだ続き30分を越える。

・AIの評価は措いておいて、普通に考えれば▲2三香成しかなく△2七歩成▲同銀△1七歩成▲3八玉△2七と▲同玉は必然だろうが、そこで何か怖い手がある? 分からんな~
・藤井の残り時間より10分は余裕を確保したいけどなぁ。王座戦で村田が長考してどうなったか記憶あるだろう? 30分考えて結論が出なかったら、読みを打ち切るとか妥協に甘んじるくらいの判断にしないと。。。ここで最善手を出しても、後で繰り出されるパンチに対応できないよ? まだまだ攻撃がくるよ? そろそろ踏ん切りつけようよ!!!

 40分越えた。。。
・これ、▲2三香成になっても結局は豊島から予想外の手順でもでてくるのかな? 王座戦第3局で永瀬が見た目は必勝の局面でも、藤井の攻撃対応に苦しんだような局面なのかも?

 結局は予想の通り、▲2三香成だったが、△2七歩成によもやの▲3九玉!!!  この瞬間、絶叫したのは私だけではないはず。

 この変化の深堀のための長考か・・・しかし、△2七歩成▲3九玉△3八と▲同金となると△3七歩の叩きがきついと思うのだが。銀を取られるのであれば、やはり予想手順の方が後手の攻撃の種が一つ減っているのでマシだったのでは? 

 しかし、ここからは闇鍋になってしまう。藤井も▲2三香成△2七歩成▲3九玉△3八と▲同金で△2三金と成香除去に手を費やす。これだと金の守備力がなくなるので、そのまま置いておく方がよかったのでは? 成香に取られるとはいっても取られる前は置き駒として守備に貢献しているよ?

 ▲2一飛△3七歩の応酬があってから▲2三飛成で竜が守備に威力を発揮し始め、かつ詰めろ。△3八歩成▲同玉となるが継続攻撃の余裕がなく△6二玉と退避。▲2五竜△1七歩成▲同香ととにかく右翼をすっきりモードで指し進める。△同角成▲2八金に弾いて右翼を安定化、△4四馬に▲2六角△同馬▲同竜として、形勢が分かりやすくなった。これは第1局と違って、事件は起こりにくいはず。

 

 しかし、藤井は綻びを開けにかかる。この辺の嗅覚が素晴らしい。

 

 △4四銀と詰めろを防ぐ。▲2一竜△4五銀▲3一竜△3六銀となって、再度攻撃拠点ができた。▲3七銀△同銀不成▲同金で一定の戦果が上がる。しかし△7一玉が5三の要地放棄で、よくなくて、▲5三桂を食った。これぞ激痛。藤井も昨年11月の竜王戦の時ほどの調子ではないのか?



 今度こそ豊島の勝利だな、と確信したのだが、それで終わらないので恐ろしい。

 ▲3六金!!! この段階で受けても仕方がない。詰まされないように渡してよい駒種だけ気を付ければよいはずでは?

 



 これで攻守入れ替わり、今度こそ形勢は変わらなかった。

 ミスはあったのだが、素晴らしいねじり合い。藤井の序盤、豊島の中盤、ともに能力を示している。豊島の方針がぶれないのはアマは見習いたいところ。二局連続で二日目午後9時過ぎまで戦ってくれたので、賞賛したい。結果がついてこないのはこの世界ではありうること。次戦も工夫と気合を見せてほしい。