昨日の名人戦、藤井が絡むと将棋の品質が想像以上に上がり、かつ劇的な展開になることが多いのだが、その実績がまた一つ増えましたね、という感じ。

 

 将棋の品質が超高度になる→藤井は追随できる→対戦相手もレベルアップしているので付いていけることもある→しかし並走すること自体がとてもしんどい→そこを堪えて勝ちになることもある→最後でスタミナが切れて転倒してしまう→藤井が勝つ。このパターンを思い出すだけでも、朝日杯の準決勝対渡辺戦、藤井の最初の竜王戦(対豊島)であれば特に第4局、昨年の王座戦第3局、第4局、先日の叡王戦第1局がある。転倒が本当にまさか?!と思うような場面で出現するのではあるが、対戦相手からすれば『強弩の果て』というところもあるだろう。

 

 この将棋や豊島の立場で別の表現をすれば、三匹の子豚の寓話で長兄、次兄が狼にいいところなくやられて、末弟がレンガの家を拵えて万全にしたはずで、実際にそうなりそうだったのに、自ら扉を開けてしまって、また敗退しました、本当は勝てたのに、という感じですかね。変な譬えだけど。 

 本局の指し手についてはいろいろな人が既に述べてはおり、私の感想や分析は被るところもあるが、そこはご容赦いただきたい。 

 戦型は後手番豊島(またも藤井が振り駒で勝ちました)の誘導で横歩取りの力戦。後手の期待勝率は感覚では48%が初期値という感じだが、桂馬や角の活用が角換わり系とは全然異なる、いくら研究の深い藤井といえどもここまでマイナー戦型までは十分にカバーしていないだろう、豊島は事前準備で勘所も研いできているはずなので指し手の品質で補えなくもないかも、という期待感はある。 

 藤井一歩得、8筋も位占有で雰囲気は先手よしながらも、後手もとことんだめではないか、というところで渾身の一着が飛び出す。この狭いところに角を打ち込みますかぁ・・・しかし、銀を移動させてこの角が6二→4四と大転換して、先手の金銀による圧迫も受けそうもない。これも準備されたものなのだろうか? 構えの低い後手陣には角の打ち込み場所もない。人間目線では既に互角だろうか? 

 


 中盤が異常に長かったような印象だが、漸く全面開戦。AIの評価はともかく人間目線では高品質の指し手が続いている。どちらを持ちたいかと訊かれれば、玉形の安定している後手だろうか。この陣形、永世竜王を争った羽生—渡辺の第5局で出現したものと同じで、大駒攻撃には相当な抵抗力を有する。次手の▲4六角で夕方の休憩となった。まだまだ捩じり合いが続きそう。

 


 

 昨日はフレックスを行使して、18時前には帰宅してAbemaでリアルタイム鑑賞。解説の佐藤康光(前日の竜王戦1組準決勝で伊藤匠を粉砕し、上機嫌か)が、藤井が▲2七歩を指さないのを不思議がっている。普通の感覚であればそうだろうなぁ。異常感覚とされる佐藤康光を以てしても分からないと言わしめる藤井聡太、恐るべし。

 

 2三歩を突いていないので、▲2四桂が怖いのだが、桂馬を二枚渡さなければどうにかなる、その一点を留意すれば方針を立てやすそう。故に取られそうな桂馬を一手費やして逃げた。解説陣も同様の話をしていたと記憶している。対する藤井だが、金銀が分裂していて、いかなる剛腕を以てしてもまとまりようがない。恐らく活路は後手の飛車へのアタックか桂馬二枚の確保だろうか? そういう建付けの将棋だと考えて、観戦をしていた。

 

 

 以下△3六歩(なるほどここを攻めるのか)▲同歩△4五桂▲3四香(△3七歩を回避するための犠打か。。結構な犠牲だが・・・)△3三歩▲4六金△5七桂不成(おお、速度重視!)▲4八金△3四歩▲6八歩(漸くと金を除去できたか)△5九飛(後手好調かな)と興味深い進行。


 観戦していて大声が出たのが▲2四桂。いくら藤井の指し手でも、桂馬単騎で攻撃しても次がないのではないかと懸念。ここでは△3三金と打たれた桂馬を取りますよ、と私は上がりたかったが、豊島は2筋をガードしておけば攻防にメリットありと△2三香で応じた。



 
 で、問題の△4四香になるのだが、局後の感想では豊島の見落としである様子。

 

 

 まだ17分もあるのだから、一手1分使う勘定でも17手指せば先手玉を仕留められそうであり、おしぼりで顔を拭くとか、トイレに行って一息入れるとか・・・してほしかったが、とにかくこの手を指してしまった。普通の人が選択するであろう△4八竜であれば後手必勝だったのだが、その手に対しても藤井は▲6三銀を考慮していた模様。感想戦の様子を聴く限り、その場で豊島は正着を選択できなかったようで(頓死筋に玉を逃げていた)、藤井相手だとどこかで転倒してしまうのかもしれないな、と感じた。 

 これで勝勢がキャンセルされたのだが、まだ戦えなくはなかった。直後に△3八桂成としておけば将棋は続いていたのだが(既に21時を過ぎている、やはり名人戦はコクがある。。。去年も含め過去3年がスカスカだったので、この感覚は懐かしい)、▲7九竜としたので、藤井は▲3七桂。

 

 

 私はこの手の威力が直ぐに分からなかったのだが、解説の佐藤康光はこの手が『詰めろ』であることを看破した。本当にド急所にしか手がいかないんですねぇ。さらに昨日も取り上げたトドメの▲4一銀。全てが美しすぎる。

 本当に熱戦であった。暫く脳内で棋譜を再生できそうなレベルだ。