29日の将棋A級順位戦の主関心事はいつものことながら挑戦権とともに降級戦にあった。今年は4勝4敗の佐藤天彦、中村も順位がそれぞれ8位、10位と低ランクであるためまだ残留が確定していない。3勝5敗勢では佐々木が最も不利だが、同星の斎藤に勝ちさえすれば中村、広瀬、稲葉の3人が全勝でない限りは助かる。これは相当に確率が低いので、要は残留タイマンである。菅井―豊島と同レベルの関心を集めたようである。

 

 この将棋、後手番佐々木の研究手順で進行し、15時過ぎの局面(1図)の次手の段階で消費時間は斎藤4時間、佐々木は56分。斎藤は今期順位戦対永瀬でも永瀬の研究通りに指し手を進めてしまい、10分対5時間で60手まで進行、残り時間差もありその後の局面を正しく指し続けられずに敗北しているが、本局の展開もこの敗北を思い出させるものがある。斎藤は局後に「そうですね。総じて工夫が足りなかったかなという感じですね。どの将棋も苦しかったなと。全体的に、工夫が足りなかったのかなと感じました」と語っているのだが、この2敗はもしかすると「工夫不足」の発現だったのかもしれない。

 

 

 1図は相当に切迫しており、かつ選択肢が多そうなところで、本譜の1)▲3三歩成の他、2)▲2九飛、3)▲3三香が直ぐに目につく。斎藤はここで57分を割いて、▲3三歩成を選択。2)は△1四角成▲2五金、3)は△4三玉▲2三飛成△5二玉でそれぞれ難解だが、恐らく普通の人は2)の実利を取りそう。ただ、斎藤も目算はあったはず。

 

 

 ▲3三歩成に△同桂▲2九飛△1四角成▲3四歩△2五桂▲4四歩△4二歩▲2六歩と進み、2図。この手順を普通の人は中々選べない。飛車の前面に足の遅い歩を打つのがそもそも躊躇われる。8筋の取り込みは間違いなくくるので、彼我の速度計算をキッチリ済ませておかなくてはならない。この手順の選択は斎藤の胆力を示していると思う。

 

 

 △8六歩▲2五歩△2八歩▲3九飛と佐々木は先手の飛車を主戦場から移動させ、△2五馬で一息。しかし斎藤には準備があり▲3三歩成△同玉▲2七香で歩の背中側から香車を打つ。8筋が怖くて仕方がないが、直ぐに寄るわけではない。この局面に見通しを持っていたからこそ、1図以降の進行を選択したのだろう。
 


 佐々木は△6九角と詰めろをかけ、▲7九桂の受けに△2九歩成を入れる。これが通るかどうか・・・斎藤は▲同飛△2六歩▲同香△同馬に▲3四歩としたので、△4四玉とかわされ、後手玉との距離が離れてしまった。

 

 解説の藤井はごく短時間で▲2六同飛を指摘していて、△8七香▲9八玉に△7八角成▲3四金(△同玉なら▲1二角△4四玉▲5五銀△同玉▲7八角成と馬を抜ける)、△2五歩なら▲3四歩で難解という。斎藤は上述の▲3四金が見えていなかったようだが、選択誤りでないのであれば後悔にしようもない。以後は局勢は戻らなかった。

 

 来期のB1は非常に分厚い面々(広瀬、斎藤、糸谷、羽生、佐藤、大橋、沢田)が居残り、恐ろしい。

 

 その面々よりもワンランク上のA級棋士ですら全く歯が立たない藤井聡太。今年度のタイトル戦はここまで26勝5敗(渡辺1、菅井1、佐々木大地2、永瀬1)・・・これほどの無理ゲームになったことはかつてない。