昨日の将棋A級順位戦最終戦、豊島挑戦/広瀬、斎藤降級の結果は既報の通りだが、改めて総括的な感想を述べたい。

 

・藤井の大盤解説を全部聴いたわけではないが、聴衆のレベルを意識してもらえると大変分かりやすい解説になることが良く分かった。できれば同じモードで局後の感想戦もこなしていただけると嬉しい。いうまでもないが、解説水準は破格を越えている。場面によってはAIより上ではないか?

・豊島―藤井のタイトル戦は少し間隔が空いたが、新たな展開があるとも思えない。年度通算成績が23勝20敗の棋士が勝率8割6分の天下人に良い勝負を挑めると判断できる材料がない。7回戦、8回戦の連敗もよい印象ではない。1番入れば上々だろうか。

・そもそも今期のA級棋士で年度勝率6割に達しているのが永瀬一人で、稲葉、中村は大きく負け越し。本当の最強棋士群はどこにいるのだろうか。なお、私は稲葉、中村2人の降級を予想していた。順位戦に強いというイメージもなかったのでそれ程変ではないと思うが、結果は順位戦に各段の強みのあった広瀬、斎藤の陥落。過去の戦歴が参照できなくなったか。そういえば、佐藤天彦ー稲葉の名人戦が以前あったわけだが、この二人が最高位を争っていたのは今になってみればどういう将棋史上の意味があるのか、問うてしまう。

・以上、若干ネガティブな感想になったが、各局とも実に濃い将棋ばかりで、堪能した。どの棋士も、劣勢になっても容易に押し込まれないし、流石の指しっぷりだった。年度成績はともかく、昨日の将棋の内容はいずれもA級棋士に相応しいものだった。

 

 どの将棋も感想を述べたいが、まずは菅井ー豊島戦から。挑戦権を直接争う一戦だが、両者とも7回戦、8回戦を連敗しており、そこはかとなく泥沼の香りがする。菅井が勝利し、永瀬も含めたプレイオフになれば面白いと考えたファンも相当いただろうし、いやいや豊島の久しぶりのタイトル戦は彼が振飛車を以前試みたことも思い出し面白いはず、豊島はもっとやれるはず、と信じたファンも多かっただろう。他方、王将戦惨敗の印象がきつすぎて、菅井の挑戦はうーんというところだったのではないか。

 

※他の対局もその内、とは思うが、日曜には棋王戦第3局があるし、私自身も東京マラソンがあるので、どこまでリソースが回るか良く分からないところではあります。

 

 戦型は菅井の中飛車に対し後手番豊島が急戦を仕掛ける。後手番故の遅さをカバーするためか6一金を動かさないままである。大分前の将棋で覚えている人は殆どいないだろうが、加藤一二三がA級陥落時の最終戦(対三浦)で採用した構えに類似している。戦果は収めることはできても、玉形が弱すぎて、特に玉頭に反撃がくるとひとたまりもなかった。あの将棋は三浦は振飛車穴熊だった。この日の菅井はまだ穴熊に潜る前だったが、豊島の玉形をみれば、3筋方面でアクションを起こすことは予見できる。

 

 1図は昼食休憩の局面。急戦を仕掛けたはずなのに、普通に応戦されて飛車が一度浮上しなくてはならないのでは、作戦の一貫性としてどうなのよ?という疑問が漂う。AI評価はどうであれ、この局面で後手を持ちたい居飛車党は多くはないと思う。それに、振飛車が一気のさばきに出そうな感触が濃い。果たしてそうなった。

 

 

 ▲6五歩と砲門を開き、角交換後に王手飛車の筋があるので△7五銀を強制して、▲5四歩とさらに飛車角を一気に通し、先手の雰囲気がよい。△7七角成▲同桂となり、後手銀の標的だった角が駒台に乗る。そこで豊島は△4四角を採用するが、いかにも苦しげである。

 

 王将戦の傷が癒えたかこの日の菅井は悪くなかった。

 

 ▲5三歩成△同銀に▲同飛成と切り飛ばし、△同角▲5四歩と拠点を確保。対する△3一角がかなり不可解で、▲5五角の両取りを甘受する理屈が分からない。普通は△4四角と桂取りを見せるものではないか。以下、▲5三角にいったん角交換に応じてと金を作らせ、再度△4四角としてはどうか? △3三桂▲9一角成の交換も玉頭が弱く、損な取引で、形勢は菅井に傾く。菅井の7、8筋の戦力が遊んでいる。先手玉は中途半端だが、後手玉の方がさらに脆弱である。振飛車が相当に自信を持てるはずだ。

 

 豊島は△7六歩に期待したのかもしれないが、菅井の▲3六歩が良い踏み込みであった。この時、私はAI予想手にアクセスできない環境だったのだが、この手は予想できた。上記の三浦ー加藤戦の記憶があったからだが、そういうものがなくても後手玉頭に爆撃を食わせたくなるところである。

 

 豊島はここですっかり固まり68分を使って、△7七歩成を断念して△5七飛と受けに回る。AI推奨手だから当然とファンは考えてはいけない。豊島にしてみれば相当な軌道変更だったはずである。以下竜を引き上げ防戦に徹する豊島。この場面では根性を見せた。

 

 △5七飛に▲3五歩△5四飛成▲3四歩△同竜▲4六馬と進み、豊島は遊び角を△1三角と活用。馬と生角の交換は損だからと▲3五歩としたのが疑問手だというのだが、この手を批判できるのだろうか。

 

 

 ただ正着だという▲同馬△同香▲5三角はなるほど3筋を香車と歩で攻める筋があり、先手が良いということで、なるほどなのだが、指しにくい手順ではある。

 

 △7四竜に菅井は2枚飛車の横利きを緩和しようと▲8五桂。この手はAI目線では悪手とはなっていないようだが、折角縦に効いていなかった後手の飛車を復活させるようなもので、人間目線では相当に変ではないか? 続いて▲5六銀と逃げたのも悠長で、どうせこの銀は捨て殺しにするはずだったわけだから、▲3四香とでも張り付くべきではなかったか。
 

 結局、この飛車が成り込み、竜となり、寄せに大活躍するのだから、誤算だった。豊島は本局では△4八竜等キレのよい寄せを見せて、終盤は冴えてもいた。まずは見事な勝利と賞賛できる。

 

 とはいえ、冒頭にも述べたように対藤井となると展望がみえない。去年の王座戦挑戦者決定戦のような大乱闘に勝てるだけの終盤の強化があれば、とは思うのだが、それは人類には望んではいけないことなのかもしれない。