棋王戦が個々の指し手を云々する内容でなかったこともあり、放送時の感想もたっぷり聞けたので、NHK杯戦についての分析に時間が出来た。

 

 この将棋の先番も振り駒の結果で藤井になる。難儀やな。。。とはいえ、伊藤匠には後手番角換わりの作戦ストックが相当にあるようで、この将棋も序盤は飛ばしていく。他方、藤井の応手速度も素晴らしく速く、1図の段階では双方とも考慮時間には入っていない。図の▲8六角も普通の人間では捻り出せるような手ではないのだが、藤井は即席でこの最善手に到達したのだろうか。

 

 2図の△2二歩も準備の一手で▲3四飛に△2三角を用意したもの。下地をどのように発想し、AIで裏付けを取る作業をどれくらいの密度、量でこなしているのだろうか。伊藤の才能と努力が伝わる展開である。言い換えればこのハードワークが出来ない棋士は藤井と戦う資格もないということになるか。

 

 ここからの指し手もビシビシ進み、▲4五桂(上述の△2三角の緩和兼後手玉頭強襲含み:感想戦では手抜きだと▲7二銀が示されていた。▲7三銀もありそう)△4四銀打(玉頭急襲対策兼4五桂除去含み:銀が被るのでセンスの良い人ほど指しにくいが・・・)▲4七銀(△4六銀の防ぎ:守備一方の銀なのでこれも指しにくい。。。金で間に合わせてはダメか?などと私などは考えてしまう)が瞬時。。。このレベルの指し手だと、アマで参照できる人も少ないだろう。

 

 進んで3図でも評価は互角。消費時間にも双方余裕がある。伊藤視点だとここまでは上々というところ。問題は3図で、伊藤自身も△5六桂は読んでいたものの、その後の展開がハイリスクと見て踏み込まなかったという。感想戦では▲同歩(!)△1三角(準王手飛車が痛いので▲同銀しか私は考えなかった)▲3五銀(!)が披露されていた。

 

 

 代替手として伊藤が採用したのは△4五桂。この辺のAI事前検証に遺漏があったのだろうか。3二金が素通しになったので▲3四飛が先手になり、そのまま先手の飛車が急所の7四にスライドしてしまい、形勢が先手に傾いた。伊藤の思考ペースが悪化して、考慮時間の連続投入となるが△3九角と一つの狙いしかない角を打たされ、▲4九歩と底歩一枚で受けられた局面で自陣防御無視の4図△6五桂打を決行してしまう。

 

 

 桂交換後の藤井の▲7一銀が決め手になる。3図以降、伊藤の攻守のバランスが急に崩れた感じで、このレベルの棋士にしてこの現象か・・・と意外でならない。

 

 ただ、伊藤はもしかすると後手番の作戦群のひとつがヒットすればよいかなと、今の段階だと実証試験のような趣きもあるような感じがする。

 

 藤井の次戦は恐らくは羽生善治。決勝戦でないのが惜しいが、羽生はここまでで豊島、永瀬を倒しており、そろそろ藤井相手に一番入ってもおかしくない頃合い。番勝負はともかく一局勝負だとレーティングが導出する羽生の期待勝率は2割以下だとしても期待する人は相当に多いだろう。