これ以外の表題がない。恐らくどのメディアもこういう表題にしかならない。表現をする我々は平凡を極めているが、事象は猛烈に非凡。この出来事を目にしようとは数年前までは想像だにしなかった。これまで将棋界には天才を予感させる人材が何人も出現はしても、期待する上昇の限界域は名人を含む複数冠くらいであり、現実は一冠プラスA級定着というところであった。ところが棋士になって6年にしてタイトル戦無敗のまま突っ走り、この名人獲得で15戦全勝、最終局まで行ったのは1回だけという破格振り。現A級全員が相談将棋しても勝てない、と以前、藤井の強さを表現したが、過去の永世名人のそれぞれの全盛期の力で相談将棋をしても勝てないのではないかと思わせるレベルである。

 

 将棋の内容に入る前に雑感をいくつか。

 

・局後のインタビューや記者会見の話しぶりから、本当に七冠について思い入れがないんだな、と思った。

・号泣しているファンがニュースで取り上げられていた。当然の結果だと思うのだが・・・とか情緒大丈夫?とか思ってはいけないですかね。

・記者会見で記者が気圧されているのか質問がなかなか出ないのがおかしかった。対して藤井が慎重に言葉を選んでそつのない答えを返す。この人は政治家になっても経営者になっても、遺漏なくタスクをこなし、メディア相手にぼろを出すこともないだろう。

・来年の今頃には今よりも3割くらい強くなっていそう。強いライバルがいないので将棋に飽きる・・・等ということがないよう願いたい。他のゲームに気を惹かれないか心配でもある。

・号外、欲しかったな。

 

 では、将棋を振り返ります。

 

 戦型はまたも雁木。渡辺は第3局で勝利したものの玉を8八に入れたことで中盤は押し込まれていたことを反省したか、今回は菊水矢倉を選択。現役名人の判断をあれこれ言うのは恐れ多いが、第3局の構想はまともなリスク管理思想の持ち主ならありえないものではあった。妥当な判断の結果、1図では攻撃陣が完成寸前まで至り、藤井の仕掛けを強いることができた。以下、銀桂交換になったが、手番は渡辺に移り、5筋の歩の突き合い後に▲3七桂と跳ねてなおかつ銀桂を手持ちで攻撃態勢完備かつ渡辺が有利に立った。

 

 

 藤井サイドでどうすればよかったか?だが、1図以下穏やかに収まっては面白くないので、7筋と9筋の突き捨てを混ぜておく等、あやを作る方がよかったのかもしれない。藤井は9筋突き捨て(封じ手)から銀を4七に置いて、クリンチの姿勢。構わず渡辺は▲4五歩と突きかけて、好調である。

 

 

 第3局から相当に改善した品質の手を続ける渡辺。私は『藤井荘での対局なのに、渡辺が勝つかな。これは藤井荘さんとしては残念か・・・』と感じていた。積極的な指し手は続き、銀成に対し渡辺は角を切り、3図のように角と成銀両取りの銀を放つ。持ち駒も充実しており、持ち歩の数もまずまず、かつ自玉は相当に安泰である。この時点では渡辺には快勝の予感があったのではないか。

 

 しかし、3図以降の藤井の抗戦がなかなかのものであった。まずは△3七成銀。これは当然として▲2四飛に△4六角。この辺り、後手の指し手の選択幅がとても広そうなのだが、どうもこの手が最善だったみたい。とはいえ、▲3四飛と寄られて後手玉大ピンチとしか思えないが、さらに△6六角と突っ込む。この弱体化した後手玉の状況で角を献上するのか??? 思いもよらない強硬手に私は激しく動揺するのだが、これも最善なのだから、凡人は頭を抱えるしかない。

 

 

 藤井が指す以上、何か合理的な狙いがあるはず。それでなくても選択肢が異様に広い。局後の渡辺もそのことを認めていたが、平凡な▲同金、▲6二歩、本譜の▲2三桂、▲2三銀があり、それぞれに枝葉もある。無筋だと思うが念のため▲4四桂も確認しておくべきか、読み捨てるべきか・・・等々悩むのだろうか。

 

 結局、渡辺は86分投入して▲2三桂の強攻。残念ながら正着ではないという判定なのだが、それを批判できる人間がいるのだろうか。ただこの手は決定的な悪手ではなかったが、△2二玉に対し▲3一銀と追撃したのが本当によくなくて、精算後△3三歩と飛車を止められて窮した。よく見れば2枚の角のラインが行き渡っていて藤井のディフェンス網に漏れがない。

 

 

 最後も派手だった。下段の玉に対し本譜のように△8六桂とこじ開けて△8七銀と放り込む寄せは前例ももちろんあるし、これだけ飛車角が先手の金銀に直射している状況であれば金銀の連結に働きかける筋として承知しているアマ上級者は一定数はいる。ただこういう派手な寄せはもう少し自玉が堅くないと踏み切れないものではないか。それをあっさり指せる藤井聡太。△8七銀と打たれた瞬間、渡辺が投了したのだが、AbemaのAIは一瞬、評価値を藤井59%まで下げたのを私は見逃さなかった。

 

 

 叡王戦第4局の詰みをAIが読んでいなかったのと同様、この寄せもAIは読めていなかったか。瞬間的にはAIも普通に越えてくる藤井を倒せる存在が寿命のあるものの中にいるのだろうか。20歳の青年は人間が到達できる限界を既に極めつつあるようにみえて、なお上積みがありそう。しかも本人はそのことを認識しているようでもある。

 

 本将棋で負け、感想戦でも叩きのめされ、藤井の威信は増すばかりである。威圧されずに戦える棋士が出現するのはいつになるだろう。