今日行われた将棋叡王戦第4局は千日手2回の大激闘。長い間将棋観戦をしているが1日3局こなしたタイトル戦の記憶はない。藤井は劣勢だった指し直し第1局を千日手に持ち込み、夜戦となった指し直し第2局は中盤で差をつけて、予想外の△1五同角、さらに最後はAbemaのAIが予想していなかった即詰みで見事に菅井を討ち取った。私ですら『格好いい・・・』と嘆声を漏らすくらいだから、この仕上げを見て痺れている少年少女将棋ファンは10万人くらいはいるかもしれない。

 

 藤井のタイトル戦でここまで藤井に迫った棋士はかつていない。最終局まで持ち込まれた2年前の叡王戦(対豊島)でもここまで切迫したことはなかった。菅井は前期A級順位戦でも藤井に快勝しているし、この番勝負の戦いぶりといい、藤井とタイマンを張れる棋士であることは立派に証明した。勝つ機会も何回かはあった。顧みて本当に惜しい勝負だったが、棋士やファンの間での評価は激上がりのはずである。

 

 藤井がここまで苦戦した理由だが、菅井本人の実力もあるが、対振飛車戦の機会が菅井以外とはなくなっていることも預かっているか。他に藤井と対局できる序列の振飛車党といえば久保しかいないが、来期の久保はB2降級で大抵の棋戦のシードを失う。藤井とは余程のことがない限りは対戦はない。となると、AI全盛時代で損とされる振飛車を使いこなす唯一のB1以上の棋士である菅井の位置付けは戦略的にも悪くない。何せ、彼は上位陣と戦えば戦うほど経験値の積み上げができるが、対戦相手は必ずしも三間飛車に限定されない菅井の作戦の分散に留意して対策を講じる必要がある。藤井を以てしても、菅井振飛車は難敵だったわけで、次期A級順位戦を勝ち抜ければ来期名人戦は面白いだろう。

 

 通しで3局を概観するのは流石にしんどいので、今日はさらっとレビューします。

 

 まず第1局だが、角と飛車の運動で千日手になるくらいなら、もう少しまともに作戦を考えておきないよ、と内心では菅井に突っ込みを入れまくった。持ち時間が3時間以上も残った時点での千日手では、手番が先番になる藤井のメリットが大きすぎる。

 

 指し直し第一局は開戦時点では菅井の金が守備から離脱している。居飛車穴熊党目線では『これはもらった!』というくらいの感度なのだが、菅井は上手にその金を活用して、形勢は混沌から優勢へ。第3局では仕留め損なったが、今度こそやったか?という流れではあったが、普通の人間であれば第一感の△7一金が2回とも飛車打ちが正着というアバンギャルドな局面。この辺の展開については、別エントリーを起こして詳しく感想を述べたいが、逃した菅井が弱いとかダメじゃん、とかはもとよりいうつもりはない。ただ最後の千日手局面は局後の記者インタビューでも本人が応えていたが△6一歩と千日手を拒否するしかなかった。

 

 指し直し第2局は、双方四枚穴熊。菅井の注文に藤井が乗っかり、飛車交換になった。1図の局面、AIがどういおうが、居飛車穴熊の方が展望がよい。理由は、まず後手の角は守備に貢献しているが、先手の角は中途半端であること、次に相穴熊戦では歩の数がかなり効いてくるのだが、後手の持ち歩2枚が大きい。

 

 菅井は▲5二歩と同じくと金を作ろうとしたが、ここは隠忍自重の▲5八歩しかなかった。同じく5筋のと金とはいえ、先手のと金は一番奥の段であり銀を取るしか活路がない。後手のと金は三段目であるため、まず桂馬を4七に置いて先手の金を剥がした上での二次転用が可能である。これくらいのことは、トッププロでなくても相穴熊戦の経験値のあるアマであれば肌感で理解できるところである。

 

 残り時間に余裕のある菅井が1図の前で指し手の取捨選択を徹底しきれなかったことが惜しまれる。

 

 ここからは藤井の独壇場。2図の前の▲1五歩は歩切れであることを考えると相当に暴挙で、▲4七金直と精算するしかなかった。精算後△3八金と張り付かれてしまうが、▲5九歩と頑張る。。。△8七竜が厳しく▲7一竜に△7六歩の追い打ちがきついので、菅井は勝負に出たのだろうが、2図の△同角があっては、苦戦がさらに厳しくなった。Abema解説の阿久津が驚いていたが、穴熊党は状況次第で相穴熊戦では角よりも香車の方が貴重であることを承知しているはずだ。

 

 

 

 最後はAbemaのAIが見つけていなかった3図以下の即詰みが鮮やか。△2九竜▲同玉△3七桂(!)で3七を塞いでから1筋爆撃で先手玉に逃げ場がない。

 

 

 

 こういう表現が適当かどうか確信がないが、電王戦で棋士と将棋ソフトが番勝負を繰り広げていた頃のソフトの実力と今の藤井聡太の実力は近似しているのではないか。一度二度は敗北することはあっても、致命傷になる敗北はなく、急所では将棋盤を突き抜けるくらいの深さを発揮して、対戦相手を絶望に追い込むというよりも得心させて倒していく。現在も更新作業が頻繁に行われているようで、上積みが継続している。

 

 余程の体調不良が長期に続きでもしない限り、藤井が寿命のある普通の人間に負ける状況が思いつかない。

 

 そして木曜日には名人戦第5局が終了する。必然が現実となった後、人々はどういう反応を示すだろうか。