土日に行われた将棋名人戦第3局は藤井有利で進行していたが、2日目午後に藤井が珍しく変調になったところを渡辺が正確に咎めて逆転勝ち。対戦成績を1勝2敗にした。この歴史的な一戦が超ワンサイドでなくてよかった。

 戦型は雁木。封じ手局面は1図なのだが、後手が全面攻勢モードであることもさることながら、先手の飛車、銀の形が非常に悪い。

 

 

 

 個人的にこの形は大嫌いである。銀が飛車の可動域を狭めているし、前線にもでていかない。この形で決戦状態になるだけで、将棋に勝てる気がしない。実際、この将棋では早めに▲4六歩、▲4七銀と押し上げて、玉を菊水矢倉にしておけば、玉は敵飛車角の十字砲火線から回避もでき、攻撃部隊を総動員もできたのではないか?とへぼなりに思うのだが、そういう選択肢はなかったのだろうか。

 二日目昼食まで渡辺に明白な悪手はなかったが、形勢は藤井有利に展開した。その根源的理由は先手の布陣にあると思う。

 

 

 2図では渡辺の右翼が解れていなくて、左翼では爆撃を食いそう。藤井目線でいえば左翼で勝負をつければいいはずか、と感じたのだが、午後の展開はそうならなかった。

 まず△8六飛は当然で▲8七歩△5六飛と横展開してみると、先手の飛車との可動域の差が顕著。渡辺は右翼を解そうと、飛車の頭を押さえる歩を除去しつつ▲2六角と角をぶつける。

 

 

 ここで普通の指し手なら先手玉を睨んでかつ防御にも絶大な威力を発揮している角を温存するべく△5五角とかわしそうなのだが、藤井は△7七角成と決着をつけに行く。『お! これは終局までの路線が既に見えているのか?』と感じたし、▲同桂△7六歩と徹底的に7七に攻撃を加えれば後手飛車の横利きもあり、先手の飛車角が動き始めるまでに攻め切れそうな感触もある。

 ところが▲7七同桂の局面で藤井の手は駒台から歩をつまんで2七に置く。

 

 『え~?? この愚形の右翼の大駒を敢えて触りにいくの? ▲同飛△5八飛成だと▲4五桂で角筋も飛車筋も通ってしまうよ??』『飛車を成らずに△7六歩のつもりか? でも歩切れになるけれど先手に咎められないのかな?』と不審である。私には読めなかったが、△7六歩には▲4四角があると解説をしている。なるほど、4三銀を上ずらせ、かつ角筋を7七に利かせるのか。これはいい手だ。

 藤井もこの展開はよろしくないと考えたのか、▲2七同飛に47分を投入して△5八飛成。ところがこの手に対してもAIや控室は▲4五桂ではなく▲5九歩という絶妙手を発見していた。銀を取らせての▲4五桂が素晴らしい感触である。。。これを実戦で自力で指せるのか?と注目していたが、渡辺は49分考えて、▲5九歩。本局の勝因となった。

 

 そのまま予想通り進行して6図で夕食休憩。藤井は暫く対局室に居残り、数分で戻ってきて再度盤前で考慮。当然の△同金に記録上は39分、実際には夕食休憩の30分も加えて69分の長考を投入し、▲2三飛成にこれまた意外なことに△4五銀を決行。

 

 ここでは△5六角であれば後手玉は決定的に追い込まれることもなく、まだまだ戦いが続いていたようだが、藤井の思考はどうだったのだろうか。渡辺はここで93分要して▲3三角の決定打を決断。局後のインタビューでは「踏ん切りがつかなかった」と率直な発言をしていたが、この考慮時間中、私はこのエピソード


 

や先日の朝日杯での豊島の大逆転の記憶があれば、委縮するのもやむなしかな、と思いながら着手を待っていた。流石にこれだけきれいな詰めろ逃れの詰めろ(必死)を逃す渡辺ではなかった。

 藤井目線でいえば、△2七歩による歩切れがここまできついとは?ということなのだろうか。中盤でも日本海溝よりも深い読みを見せるこの天才が本局のようなミスをするとは本当に意外なのだが、人間である以上、こういうこともあるということか。開戦前からの将棋の組み立てが素晴らしかっただけに惜しまれる。渡辺は一瞬の機会を見事に捉えて反撃、その手順も目を瞠るもので気持ちの良い勝利となった。次局以降の展望が快晴モードになったとは言えないが、実力は披露したといえるだろう。 

 次局は来週の日月。この間隔の短さが渡辺に幸いする・・・とは断言をしないが、悪い材料ではあるまい。興趣の乗った対局が続くことは良かったと思う。