昨日今日で行われた王位戦第5局は今年度現時点では最高局と評されてもいい熱戦であった。結果は藤井が抜け出して制勝、番勝負成績を4ー1として王位戦3連覇、通算獲得タイトル数は早くも10。年度内に森内、佐藤康光を追い抜きそうだ。

 

 この将棋、終局45分前時点ではまだまだ互角といえる形勢で、豊島の健闘が光る。終局後、両者暫く言葉もなく2分程経過・・・空気の重さが身に沁みたが、局後の記者取材における豊島の『微妙に悪い手を指したかも』というコメントに胸を衝かれた。藤井以外の相手であればその悪さが現実化しない程度の手抜かりでも、藤井が相手では形勢悪化になってしまう。高品質の指し手を繰り出しても、及ばない現実・・・気の毒に感じてしまうのは失礼な話なのだろうが、率直なところではある。

 

 1図は豊島が戦端を切ったところ。私のような古い感覚だと、3筋で陽動して中央に駒を動かすのは実に理屈が通っていると感じるのだが、1図の後手の布陣は藤井の構想通りだったとの趣旨の感想を局後に聞いた。

 

 後手玉頭に位を確保し、5四に打ち込む含みをもった豊島が上手く指し回したか?と思っていたところで、藤井が8筋突き捨て→△5七歩の垂れ歩と揺さぶりをかける。豊島は対応しなくてはならないが、いかにも隙を衝かれた感がある。下段飛車の可動範囲の広さをとことん生かし切る藤井の指し回しは見事。4一飛車は仮住まいであり、いつでも先手玉頭戦線への復帰が可能である。この辺をAIは評価するのだろう。

 

 

 3図の△5四歩も私のレベルでは『え?自玉の玉頭ですよ?』と一瞬は感じるのだが、スルスルと銀が6五に進出してみれば、ゼロ手で2手指したようなもの。有利になった。

 

 豊島もタダではやられず、4図の自陣角で迎撃。この種の自陣角も最近、時々見かけるような印象があり、体得したい発想だが、豊島自身はこの角に悲観していた旨の発言が局後にあった。とはいえ、やはりこの角は名手。豊島ならではだ。

 

 以下、図面を省略するが藤井の自陣角(△1三角)は当然なのかもしれないが、私にはできない発想で感心。(ただこの角打ちがあるのであればその前の6七における駒の清算を▲6七同歩ではなく▲同飛にしておけばどうだろう?と私は思うのだが・・・AIの候補には出てこないようだが、以下△5六銀とされてそれなりの泥仕合にはできそうな気はする) 対する豊島の▲7九歩の辛抱も見事。一生、7筋に歩が立たなくなるがそれもやむなしとの判断は流石だ。ただ▲1五歩は痺れを切らしたような感じもあり、ここは△6九銀を先受けする▲8七角が発想としては一貫していたのではないか。

 

 △6九銀がきつく、形勢差が広がったように感じたが、藤井は取れる金を取らず成銀を6八に寄ったので形勢再接近。速度重視で合理的にみえるし、批判するような手でもないが、△4八同成銀と金を手持ちにしておけば後手の守備は厚みが増した模様だ。本譜では、豊島は▲4一角の王手で藤井の銀投入を強い、勢いが出てきた。

 

 5図の焦点の歩もいかにも筋なのだが、私は後手玉頭を突き上げる▲6六歩だろうか、と考えていた。この手がAI候補手に出ていたか記憶がないのだが、9八角を活かしてこそではないかと感じたのだ。本譜は△同銀に▲3三馬~▲4五桂を狙いとするのだが、詰め形が見えないのと桂馬を渡すと本譜でも生じた△8四飛が決め手になりそうで、仕損じたか。

 

 5図の後も▲5八金のタダ捨て(過去の中原の▲5七銀や森内の▲4八金を思い出させる)を繰り出すなど防戦に努めた豊島だが、渡せない桂馬を4五に跳ねた121手目が決定的に悪くて、ついに敗北に追い込まれた。

 

 これだけの品質の指し手を重ねる豊島がやはり勝てない藤井。もう賞賛の形容もないのだが、彼に番勝負で勝てる状況、条件というものを全く思いつかない。