1 今、生活保護が熱い


今、生活保護が大きな話題です。


橋下大阪市長が、生活保護受給者の多い西成区の生活保護の適正化策を発表し、この週末もテレビに出演し、議論されていました。
都道府県別に保護率(注1)をみると大阪府の2.94%が全国1位です。(平成21年度の数値)

(注1) 保護率とは、人口に対する生活保護受給者の割合です。


厚生労働省関係の国会質問でも、最近の頻出項目は、

生活保護、年金、社会保障と税の一体改革、企業年金の運用の問題

といった辺りです。


就労困難者の支援をしている友人がFacewbookで、生活保護と就労について投稿すれば、あっという間に、コメントの山が築かれました。


2 なぜ、今生活保護が問題となっているのか


生活保護の現状について見ていきましょう。


(1)生活保護受給者の増加

生活保護は、長らく戦後の混乱期が最も受給者の多い時代でした。

昭和26年度

受給者数204万6,646人、保護世帯数69万9,662世帯、保護率2.42%

その後、高度成長とともに、生活保護の受給者は減少の一途をたどり、最も受給者の少なかったのは、平成7年度です。

受給者数88万2,229人、保護世帯数60万1,925世帯、保護率0.7%


平成7年度を底として、高齢化や経済不況の影響もあり、受給者は増加し、特に平成20年の世界金融危機を機に急激に伸びています。

一番新しい平成23年12月の数値。

受給者数208万7,092、保護世帯数151万3,446世帯

※ 平成22年度の保護率は、1.52%


【参考資料1】一番新しい平成23年12月の生活保護の状況(厚生労働省報道発表資料)

http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/gyousei/fukushi/m11/dl/12kekka.pdf


【参考資料2】生活保護受給者の推移(厚生労働省資料↓右下ページ3をご覧ください)

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001dmw0-att/2r9852000001do56.pdf

(2)生活保護予算の増加

受給者が増えているので、当然生活保護の支出に使われる予算も増加しています。

平成23年度予算では、生活保護費は3兆4,235億円です。(10年前の平成12年度は1兆9,393億円)

このうち国の負担が3/4、市の負担が1/4です。(注2)

(注2)厳密に言うと、市ではなく生活保護支給の事務を行う福祉事務所を設置している自治体が正しいですが、ほとんどの場合は市役所が福祉事務所を設置するので、ここでは分かりやすく「市」と表現します。


この3兆4,235億円のうち、

48.3%は医療扶助といって医療にかかる費用が約半分で、これが一番大きいです

33.8%が生活扶助といって生活費です。

14.7%が住宅扶助といってアパートの家賃などです。


生活保護というと、一般には生活費を支給されるというイメージがあるかと思います。

実際には、食費、被服費、光熱費、家具、家事用品などの生活費の他に、

医療費や教育費、介護費用、住宅費用なども公費から全額支給されます。

収入も資産もないというのが前提ですから、健康保険や介護保険にも加入していませんし(注3)

例外的な場合を除けば、アパートの家賃も払えないので、家賃も出るということです。

生活保護は高齢者が多く、また病気などで働けない人が多いので、一般の人よりも医療費がかかります。

(注3)医療を例にとると、通常はサラリーマンなら給料から保険料が天引きされています。医者にかかる時には医療費の3割を病院に支払い、残りの7割は保険から出ます。


(3)稼働年齢層の増加

生活保護は、収入も資産も家族等の扶助も得られない生活に困窮している方が受給できる仕組みです。

資産のない高齢者や病気、怪我、障害の方がほとんどですが、統計上は4つに分類しています。

①高齢者世帯、②母子世帯、③傷病・障害者世帯、④その他世帯

したがって、あらゆる要素が一緒でも、高齢化するだけでも受給者は増えるので、受給者が増えるのは当然ですが、それ以外の要因があります。


上記の参考資料2の右下ページ4を見ると分かりますが、

「その他世帯」の保護世帯全体に占める割合が急増しています。

平成11年度7.1% → 平成21年度13.5%


つまり、高齢でも母子家庭でも障害や病気・怪我でもない「その他世帯」の生活保護受給者が増加しているのです。

生活保護を開始理由をみても、「働きによる収入の減尐・喪失」の占める割合が飛躍的に増加していて、特に「その他の世帯」では約半数を占めています


(4)不正受給の問題

生活保護受給者が増えているという要因もありますが、不正受給件数は毎年増加しています。そのうち6割は稼働収入の無申告や過尐申告で、福祉事務所による課税調査等の照会・調査により、約9割が発見されています。

平成22年度では約2万5,000件(前年度比29%増)、総額は約129億円(同26%増)。

22年度の生活保護費は総額3兆3300億円で、不正受給分はこの約0.4%。


以上が生活保護の客観的な現状ですが、どうも最近の生活保護についての言説を見ると他の要因もあるようです。


(5)受給者以外の経済環境の問題

生活保護に対しては、上記のような客観的な状況から、改善や保護費を抑制すべきという議論がありますが、

どうも心情的に、「働いている人との不公平感」という問題があるように感じます。

不況下で、働いている人の経済環境も厳しいですから、

「まじめに働いているのに生活が苦しい。生活保護受給者は楽して金をもらっている。」というような雰囲気が社会を覆いつつあるのではないかと感じます。


(6)受給者に対する報道

中々、データ的なものは見つかりませんが、よく言われることで、生活保護をもらっていてパチンコをしているとか、タクシーに乗っているとか、働く意欲がないなどといったことが報道などで指摘されることがあります。

多くの受給者は、本当に困っている人だと思いますが、上記(5)とも関連しますが、そのような批判が散見されます。


3 生活保護をめぐる論点


2で述べたように、生活保護には厳しい目が向けられています。

一つは、支出を抑制すべきという財政的な要因があります。

これに加えて、受給していない人との不公平感を世の中が覆っているということがあります。

昨今の生活保護をめぐる言説は、両者があいまって生活保護を厳しく見直すべきという声が大きいように思います。


(1)生活保護と年金の関係

基礎年金の額と生活保護でもらえるお金との不公平感が指摘されています。

基礎年金の月額は65,741円です。(40年間国民年金を納めた場合)

生活保護の生活扶助費は、地域、年齢、家族構成によって異なりますが、

65歳の単身の場合だと、

郡部で62,640円、都市部で80,820円です。

これに住宅扶助を加えると、

郡部で88,840円、都市部で134,520円です。


このように、単純に支給額を比べた場合に、

「まじめに保険料納めた人の年金が生活保護より低いのは不公平ではないか。」

という指摘がなされることがあります。


確かに、行政からお金がもらえるという点では、年金も生活保護も同じなので、

単純に額を比較すると、生活保護の方がお得な感じがしますね。

一方で、保険料を払っていたという条件で、誰でも受け取れる年金と、

資産や収入、家族などの扶養といった全てが得られないことを条件に支給される生活保護は、

誰でももらえるわけではないですね。

この違いをどのように考えたらよいのでしょうか。



(2)生活保護と最低賃金の関係

「まじめに働いても生活保護水準以下では、不公平ではないか。」という議論があります。


誰かに雇われて働く場合に、賃金は雇い主と労働者の契約で決まりますが、

実は、これには規制があります。

あまりに、労働者が賃金を安く買いたたかれないように、「最低賃金制度」というものがあります。

都道府県ごとに、時給○○円以上でないといけないと決められています。

例えば、東京都の最低賃金は時給837円です。

例えば、時給800円でアルバイトの契約をしても、それは無効であり、事業主は837円払わなければなりません。


そこで、最低賃金でフルタイムで働いた場合と、生活保護を比べて、

せめて、生活保護水準以上の最低賃金制度とすべきだという議論があります。


平成19年の最低賃金法の改正の際に、「生活保護にかかる施策との整合性に配慮する」という規定が設けられ、それを受けて、最低賃金と生活保護水準の逆転現象の解消に向けて、最低賃金の引き上げが進められており、現在では北海道、宮城、神奈川の3道県を除いて、逆転現象は解消されています。



(3)生活保護の医療扶助の適正化の問題

生活保護の支出の約半分は医療費なので、これを抑制すれば財政圧力が軽減されるという意見があります。

もちろん、本当に病気で困っている受給者が必要な医療を受けられるようにということは、誰も反対しませんが、

無料だからと、必要以上に病院に通ったり、薬をもらったりすることを防ごうということです。


このため、

○ 医療費に自己負担を導入すべき。

○ かかった医療や薬が本当に必要なものか、チェックを厳しくすべき。

○ 同じ効果で安価なジェネリックの薬を使うようにすべき。

といった指摘があります。


本当に病気で困っている受給者が必要な医療を受けられずに悲惨なことにならないようにしつつ、

不必要な医療を受けることのないように。

このことをどう両立していったらよいでしょうか。



(4)資産や収入のチェックの問題

不正受給の多くは、資産や就労収入隠しです。

このため、例えば役所が銀行などに調査した際に、受給者の資産の開示を義務づけるべきというような指摘があります。


調査を受ける銀行や受給者を雇っている企業などの事務的コストにも一定の配慮をしながら、チェックはしっかりできるように進めなくてはいけません。



(5)就労支援の強化

受給者が就労するような取組を強化すべきという声があります。

具体的には、病気でも高齢でもない、がんばれば働けそうな受給者に、職業訓練をしたり、就職に結びつけたりといった取組を進めるべきということです。

また、生活保護受給者の意欲の問題も指摘されます。

生活扶助の支給の仕方がよく話題になります。

生活保護は、基本的には最低生活水準というものが設定されており、資産や収入を全て投入しても、それに足らない部分を支払うという仕組みになっています。

したがって、8万円生活費をもらっている受給者が、働き始めて、所得が発生すると、その分生活保護を減らされるので、働いても働かなくても生活水準が上がらないので、就労意欲が湧かないのだという指摘がなされます。

この問題については、よく指摘されますが、意外と知られていないことがあるのではないかと思うので、

次回、詳しく説明したいと思います。


そのほかに、生活保護固有の問題ではありませんが、

生活保護の予防や脱却のために、

○ 雇用環境を改善すべき

○ 家族・コミュニティの再生

といったことも論点になります。


しばらく、こういうことを考えるための材料について、

ここで連載的に書いてみたいと思います。

ご意見などいただければ幸いです。