仙龍寺のブログ

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仙龍寺では、Facebookで弘法大師さまのお言葉をわかりやすく書き直して発信しています。ぜひ仙龍寺のFacebookページもご覧くださいませ。

おはようございます。弘法大使様の言葉です。
「世の常の人は自分の体を本物の自我であると思い誤ってそれにとらわれ、本心を失い、かたくなに執着する」

「自分の体は自分のもの」と仏教では考えません。
上の言葉は、自分は人間らしく生きていると思い込んでいる人は仏様から預かった心身であると気づかず、執着のままに貪っている。
善悪の判断もできず他人を蔑ろにしている。それが、自分自身を知り光と共に生きていく可能性をみずから無くしていることに気づきもしないという意味です。

働くうえでも同じことが言えます。「自分のため」に働くだけでは本当の働く心を感じることができません。
働くことの意味はなんでしょうか。収入のため、家族や自分の生活をよりよいものにするため。それは働くことの意味に違いありませんが、すべてではないでしょう。働くことには、「傍らにいる人を楽しくさせる」という意味もあります。
自分や家族だけでなく、傍らにいる人とも支え合って楽しい暮らしを共有していく。それが働くことの本源です。

農耕を基盤とする人々の暮らしは弥生期に始まります。古代日本では働くことが喜びでした。
当時は働くことは神に仕えることだ考えられていました。(労働神事説)また、農耕は共同作業なので、お互いの働きがお互いを支えることになります。
神に仕える喜びと共に、「傍を楽にする」喜びを彼らは実感していたのでしょう。

もちろん、現代の環境は古代の農耕社会とはちがいます。働く喜びも現在は程遠いものかもしれません。だから他人をだましてでも自分の利益を追求するということもあります。
案外、自分が見えないのが人間です。視野が狭くなっていればなおさらです。視野を開く鍵は自分のうちにしかありません。

働くことの本源を思ってみる。そこにはあなたの生き方を見つめ直すきっかけがありそうです。

仙龍寺
http://www.okunoin-senryuji.com/