この世の全てが、地図や本の中にあるわけではない。

この世の全てが、地図や本の中にあるわけではない。

散歩話をちょい長めの文章で、我がまま気まま、独断と偏見で綴ります。
昔の日記を書き起こしながら、最近の事柄も綴るので、ブログ内はぐちゃぐちゃになりう。

 

 

用意しておきたい物まとめ



 ◯電子機器 通信 

 ◯ツーリング キャンプ 衛生用品

 ◯服装

 ◯バイク装備 携行品
 

 ◯ラダックバイクツーリング (前編)
 ◯ラダックバイクツーリング (後編)

 

 

△印は必ずしも必要でない、旅のスタイルによっては不要なものです。(私の視点からの提案です。)

 

🔌 電子機器・通信・充電関連

 

⚫️コンセントプラグ

インドのプラグ形状は日本と異なるため、変換プラグが必要です。100円ショップでも入手可能です。

三つ穴タイプのコンセントでは、上部の穴を棒などで軽く押し込むと、他の二つの差込口が使えるようになる場合があります。

【100均で購入、インドでは今のところこれで問題ない。雌が3つ穴で入らない場合、もう一つの穴を棒で押し込むと使える。】

延長コード

宿泊施設では、コンセントが高い位置にあったり、棚やベッドから離れた場所に設置されていたりする。延長コードがないと、スマートフォンを宙吊り状態で充電する羽目になってしまいます。

そのため、私は1.5mほどの延長コードを必ず持参するようにしています。自宅にある安価なもので十分です。

カメラやスマートフォンなど複数の電化製品を持ち込む場合、電源タップ(タコ足プラグ)も便利。100均で十分。

 

 

 

 

 

⚫️SIMカード(現地購入)

最近ではレーの多くのホテルにWi-Fiがありますが、情報収集や非常時に備えて早めにSIMを購入するのがおすすめです。

レーでは Airtel のSIMカードが約600ルピーで購入できます。

ただし郊外や村では圏外になることが多く、ラダック東部では Jio しか繋がらないこともあります。

なお、ジャンムー・カシミールおよびラダックでは、他の地域で使っていたSIMは無効になります

 

⚫️地図アプリ

Maps.Me」は、Googleマップに載っていない道も表示されていることがあります。

事前に地図データをダウンロードしておけば、オフラインでも利用可能です。もちろん無料!

Googleマップのオフライン機能と併用するとさらに便利です。

 

⚫️モバイルバッテリー

地方では充電できる場所が限られているため、モバイルバッテリーを持参すると安心です。
最近は10000mAfのものでも小型化され急速充電にも対応されているものが多くなって来ましたね。

 

⚫️携帯電話ホルダー

バイク用の携帯ホルダーがあると、走行中のナビ利用が格段に快適になります。
下に記載したのは、揺れを吸収するタイプ、ダートを走る人には携帯電話に優しいタイプ。
安いものでも良い。

 

クランプバー

スクーターなどホルダーを設置できない車種では、バックミラーの付け根に挟み込むタイプのクランプバーが便利です。

スマホホルダーやアクションカメラの取り付けに使います

 

 

 

 

🏕️ ツーリング・キャンプ・衛生用品

 

寝袋・インナーシーツ

宿や山間のテント場では寝具が天日干し程度のことも多いので、衛生面が気になる方は寝袋やインナーシーツを持参すると安心です。

ダニや南京虫がいる場合もあるため、予防になります(あくまで予防です)。
 

寝袋 インナーシュラフ 洗える インナーシーツ 封筒型 アウトドア 山小屋 掛布団 携帯トラベルシーツ 旅行 コンパクト 軽量 非常用 収納袋つき (ベージュ)

 

 

 

⚫️ゴミ袋

汚れ物を包んだり、濡らしたくない荷物を保護するのに便利です。

スーパーの袋で十分なので、数枚持っていきましょう。


ウエストポーチ
私にとっての必需品。携帯やパスポート、貴重品入れとして多用しています。

 

エマージンシーグッズ

ウエットティッシュ、消毒薬、絆創膏、ビオフェルミン、正露丸など簡単な救急医療品があれば、心に余裕が出来ますね。

 

サンダル

ラダックでは雪解け水が道を横切ることがあります。

靴が濡れると乾きにくく、冷えや不快感の原因になります。そのため、川を渡る可能性を考えてサンダルを携帯しています。

理想は防水オフロードブーツですが、かさばるため軽装派はサンダルが現実的です。

 

⚫️トイレットペーパー

大きな町でしか手に入りません。寒くなると鼻水対策にも。

下界インドから来る観光客は、左手と水で処理されている方がほとんど。

 

 △マスク

湿度の低さもあいまって、風が吹けば容易に細かい砂が舞います。

 

耳栓

ドミトリーやテント泊(風が強いとテントが騒ぐ)での騒音対策に。飛行機内でも役立ちます。100均物で十分。


常備薬 
絆創膏は持って行きたい。
解熱鎮痛剤、胃腸薬・整腸剤、下痢止め、総合かぜ薬、消毒液
 

ポカリ粉末(電解質飲料)

体調不良時に役立ちます。インド製のエレクトラは不味い。

 

水筒

現地のペットボトルで十分。ペットボトル1リットル35円ぐらい。

 

水を濾過するもの

雪解け水飲み放題だけど、山岳動物の糞尿が混じっている事もある。予備ペットボトル持っとけば良いので、私は濾過器を持参したことはない。

【アウトドアでこれを使っていたが、使い勝手が良かった。】
 

 

【心配な方はこれを持っていって良いかも】


 

爪切り
長期滞在なら、現地でも売ってる。
 

日焼け止め

高地では紫外線が強烈です。
 

保湿クリーム

ニベアやワセリンは現地でも購入可能。

 

高山病薬

ダイアモックスなど、体調に不安のある方は医師に相談の上、携行を。

 

 

 

👕 衣服

まず基本の3つ
 

⚫️1. ベースレイヤー(肌着)シャツ、パンツ等肌着

役割: 汗を素早く吸って逃がし、肌をドライに保つこと。

素材: ポリエステル(速乾)やメリノウール(保温・防臭)が主流。

注意点: 綿(コットン)は厳禁です。汗を吸うと乾きにくく、体温を奪って「汗冷え」の原因になります。


日焼け防止も考慮して長袖を推奨。ですが晴れた日中の街歩きはTシャツで十分です。洗濯を考えると速乾力のあるポリエステルが良い。

メリノウールやヒートテックなどは、薄手で暖が容易に取れる。しかし寒暖差が激しいので着たり抜いだりしたいとき、肌着は不便である。

私は野外での宿泊も考え、上下1枚づつ持っていった。
ドンキホーテのエアバリアインナープラス 、これはコスパ良くめちゃくちゃ暖くヒートテックは使わなくなった。
しかしトレッキングだと、汗冷えが懸念される。特にヒートテックは酷い。

 

⚫️2. ミドルレイヤー(中間着)

役割: 体温を蓄えて「保温」することと、ベースレイヤーが逃がした湿気を外へ出すこと。

素材: フリース、薄手のダウン、など。

調整: 暑くなったらこれを脱ぐのが一番の温度調整になります。

標高が上がると、容易に一桁の温度となります。フリースは乾きが早く乱暴に扱えるが少しかさばりる。

ダウンはコンパクトに収納できる物がありお勧め、水と引っ掛けに弱い。
フリースはユニクロでも十分。ダウンも自身のテント泊でないならユニクロでも良い。

 

⚫️3. アウターレイヤー(シェル)防水雨具(上下)

 

役割: 雨、風、雪から身を守る「鎧」の役割。

素材: ゴアテックスなどの「防水透湿性(雨は通さず、蒸れだけ逃がす)」素材が理想。

注意点: 晴れていても風が強いので、ウィンドブレーカーとして使えます。

バイクを乗ったり、トレッキングを予定しているなら持っていくべき。雨は降らなくても風を防ぐ防寒着として大いに役立つ。ウインドブレーカーは2の次。
裏地の無い、携帯性に優れたものがお勧め。体温調整は重ね着で行う。


 

⚫️防水靴 / サンダル

防水靴は防寒も兼ねる。
サンダルは、ホテル内での履き物兼、雪解け水が川を塞いでいるかもしれない時に使用。現地でも購入可能だが、壊れやすいものが多い。

理想は防水のオフロードバイク用ブーツだが、持って行くのに嵩張る。日本から履いて行くか?
 

 

⚫️手袋

2種類あればうれしい。

3シーズン用手袋:長距離運転で露出していると、手の甲の日焼けが凄いことになる。(私は初めてラダックバイク旅をした時は、防水のトレッキング用の手袋だった。)

防寒防水手袋:天候が悪くなったり標高が高いと手がかじかむ。

私はバイク用を持って行ったが、冬用テムレスが安価で良いと聞いた。

 

 

⚫️速乾タオル

夜に洗って干せば翌朝にはほぼ乾くため、枚数は少なくて済みます。

私は1枚しか持っていきません。

 

ネックゲーター

寒風や日差しの強い峠越えでは首元の防寒・防塵に有効。

 

 

 

🏍️ バイク装備・携行品

 

⚫️ヘルメット

現地レンタル可。ハーフタイプやモトクロスヘルメットはゴーグル必須です(砂塵が激しいため)。

 

プロテクター

プロテクター付きジャケットの現地レンタルもある(肘・肩・胸・背中)、ニーガードのレンタルもある。安いのでも買っていって良いかもしれません。膝は欲しいかも、、、攻めて走る人には物足りないかな。

 

 

サイドバッグ

荷物の多い人はこれで解決。サイドバッグは防水の物をおすすめ。

パニアケースはかさばり重いが転倒時、中の物を守れる。

私はソフトな折りたたみ可能な防水バッグを使用。転倒時圧がかかってもダメージが少ないように、衣類やテント寝袋やマット本など入れていた。

防水でないカバーをかけるタイプは、カバーとバッグの隙間に砂、泥水が溜まります。

防水のバッグの場合、汚れればそのまま水をぶっかけて洗えるので便利。

 

 

タンクバッグ

カメラや貴重品はタンクバッグに収納。

サイドバッグと違って、すぐ取り出せる。私の場合取り外し可能で、リュックになる物を選び、機内持ち込みのバッグにしていた。
タンクからすぐ取り外せるタイプが便利。

 

⚫️フック付きのゴムネット

後部座席にくくりつけるのに便利。
私は毎回バックパックをくくりつけている。

 

予備タンク

レー〜カルギル、レー〜パンゴンツォ、レー〜ヌブラ、カルギル〜パダムの主要道を走るぐらいなら、満タンにしていればまず問題ない。

予備タンクは2リットルもあれば良いと思う。燃費リッターを25kmちょいで計算し、目的地までの距離を把握しておくと良い。

給油できるところがあればこまめに補給を心掛ける。路上の飯屋などで(分岐点など)ガソリンを扱っているところがある。


 

修理工具は選択して持ってく

パンク修理キット、交換用チューブ、電気空気入れ、ヒューズ、

ソケットレンチ、六角レンチ、ドライバー、スパナなど工具、

チェーン清掃グッズ、ブレーキ&クラッチワイヤー、予備ブレーキとクラッチ(知り合いのバイクにハンドルガードはついていたが、立ち転けでブレーキまで曲がる最弱だった。)

スペースが限られているので、取捨選択が必要。
2025年は持って行かなかった。

 

ハンドルロック、チェーン

盗難防止用、チーンキーや南京錠は大きな町で購入可能。

塀の内側に駐車場がある宿泊先を選びたい。

 

⚫️国際免許

 

⚫️ビザ e-VISAを取るのは面倒だけど価値はあります

アライバルビザは主要⚠️6ヶ所の国際空港でのみ発行。デリー (DEL ) / コルカタ (CCU)は発行しています(2025年現在)。


⚫️海外旅行保険
 

ラダックのガイドブック
より充実した旅になる事間違いなし。私のお勧め「山本高樹著」

 

 




 

私の写真ページ⬇︎

 


 



 

 

 


🌏 バイクツーリング 篇

赤文字は工事中です。

後編 目次
 
 ◯バイク旅は容易なものなのか?
 ◯道路状況
 ◯レンタルバイク
 ◯注意点
 ◯ガソリンについて
 



   🗾用意しておきたい物まとめに飛ぶ


  ✈️ラダックバイクツーリング(前編に戻る)

 

 


【パンゴン・ツォをバックに、最近は簡易ホテルが並ぶようになった。2011】


 

自転車バイクでの旅は容易なものなのか?

 

バイクでの旅の難易度は、走る場所や距離、天候によって大きく異なります。

レー周辺であれば道路は舗装されており、王宮や僧院、素朴な村々、そして森林限界を超えた荒涼とした大地を、遠足気分で日帰り見学することも可能です。

そのため、レー周辺ではスクーターをレンタルして走る人も多く見かけます。

カルギルのホテルで出会った青年は、なんとムンバイからスクーターでやって来ていた。彼とは意気投合し、パキスタン国境を見学しに1日ツーリングに行った。
最近は道路の舗装が進んでいるため、スクーターのような小径タイヤのバイクでも十分に走破できるようだ。
 

クラッチ付きのバイク(中型以上のバイク)に慣れている方であれば、スクーターより排気量の大きいバイクを使い、未舗装路でも主要道を外れない限り問題なく走り抜けられるでしょう。
未舗装路の峠越えをこなすには、少しの慣れと、そして情熱が必要になります😁
 

【レーのホテルに着いてすぐ、彼らと意気投合し1日レー周辺探索へ。2025年】


ラダックでのバイク旅は、ここ数年、国内外からの人気が急上昇しています。
それを裏付けるように、レーでは多くのホテルやツアー会社がレンタルバイクのサービスを提供しています。
街中にはバイクの整備や、ツーリングに関するアドバイスも行ってくれるレンタルバイク店が多数あります。

私がおすすめしたいのは、こうした専門的なサービスを提供している店舗です。
 

私は2024年はデリーでバイクをレンタルし、ラダックまで旅をしました。道中、ラダックを目指す多くのインド人ライダーに出会いました。
中にはコルカタやムンバイなど、2000km以上離れた場所から来た人もおり、後ろに彼女を乗せて激しいダートコースを走ろうとしている姿も見かけ、少し心配になるほどです。
 

ある時、ラダックへ続く道で交通規制があり、解除されるまで2時間ほど待たされることがありました。
時間が経つにつれてラダックを目指すバイクが次々と集まり、規制が解ける頃には40台以上が並んでいました。その中にはインド人女性ライダーの姿もあり、驚かされました。

というのも、私が初めてインドを旅した頃は、「女性がバイクにまたがるなんて、はしたない」と言われていたからです。

乗るとしてもスクーターが一般的でした。

街中では女性が後部座席に座る姿をよく見かけますが、その多くは足を揃えた横乗りです。これは、より上品で控えめな女性らしさを表現する座り方とされているためです。

(服装がスカートやサリーであることも理由でしょう。パンジャビ・ドレスであれば、またがって乗ることもできますね。)
 

 

 

🛵道路状況

 

今回、私がどうしても記事にしたかったのは、やはり冒頭で述べた「標高5000m級の山々が連なる絶景」です。
2010年から1年かけてインドをバイクで一周した際にもこの地を訪れましたが、今回の感動とはまた違っていました。
(この時はインドでバイクを購入しましたが、手続きが非常に面倒だった。)

その理由はすぐに分かりました。前回訪れたときは、現在のように道路が整備されておらず、走行中は道の凹凸を避けるため、ほとんどの時間、地面を見ながらの運転を強いられていたのです。
さらにキャリアがなかったため、後部座席に括りつけた荷物が振動で落ちないか、常に気を使う必要がありました。
(荷物はなるべくバイク本体に固定し、体への負担を軽減するためにもリュックは避けた方が良いでしょう。ウエストバッグがおすすめです。ハイドレーションパックを使うライダーは多く見かけました。)
加えて、当時は馬力の小さいバイクに乗っていました。
 


Hero Honda Splendor 110cc 驚きの連続を彼と共にした
 

しかし今回は違います。主要道路のほとんどが整備され、対向車がほとんど来ない道では、広大な風景の中を走り抜ける一本道が、まるで自分だけのために用意されたかのように感じられ、そのあまりの贅沢さに子どものようにはしゃいでしまいました。

舗装路を作るための税金をこの国に納めたわけでもないのに、インド政府や道路工事の作業員へ感謝の気持ちさえ湧いてくるほどでした。

 

一度、ホテルで知り合った仲間と車でパンゴン・ツォ方面の祭りへ行ったことがありますが、バイクで感じたものとはまったく異なり、車の中では熟睡してしまいました。
(実はバイクより車の揺れの方がひどいのです。バイクは基本的に縦にしか揺れません。)

やはり、自分のペースで風を感じながら走るバイクでこそ、本当に味わえるものがある。そう感じずにはいられませんでした。(明らかに主観です。)

 

インドの低地ほどではありませんが、クラクションはここでも必要不可欠な装備です。

特にブラインドカーブ(先の見えないカーブ)ではホーンの使用が重要になります。

ブラインドカーブでも平気で反対車線を走り、追い抜きをしようとしている車がいるからです。どんどん鳴らして自分の存在を知らせ、安全運転を促しましょう。

また、カーブを曲がった途端、落石や道路の陥没が何度かありました。減速も心がけましょう。

【仲間のライダーに付き添われて来院、バイクを飛ばしすぎて曲りきれず滑落したらしい。】

 

 

余談

”恐怖開かれたドアガーン

咳があまりにひどく、病院に行ったところ、レントゲンを撮るように言われた。

レントゲン室の前には多くの患者が順番を待っており、どうやら皆が覗き込んでいる部屋の奥で撮影が行われているよう。

いざ自分の番が来て中に入ると、皆が覗き込んでいた入口のすぐ目の前にX線撮影装置があり、次から次へと患者が入れ替わりながら撮影をしているではないか。

ということは、あの覗き込んでいた人たちは、撮影が見えないよう布の仕切りが置いてあるといえ、ずっと放射線を浴びていたことになるのか。

無知とは本当に怖いものです。

1回あたりの被ばく量は0.15mSv以下らしいですが、あの古そうな装置ではどうだったのか……
ドアは閉めるべきですよね。


レントゲン室内を興味深そうに覗き込む人々。

 

 

 

 

インドの平野部を長く走る中で、クラクションには二つの意味があることを知りました。
ひとつ目は「どけどけ、俺が通るぞ、道をあけろ!」という威圧的な意味。
もうひとつは「死角になって見えないかもしれませんが、私はここにいます。今から進みます。気をつけてください」という、注意喚起の意味です。

 

余談ですが、マンホールの蓋が閉まっていなかったり、急に牛が飛び出してきたり、こちらの存在を分かっていながら対向車がこちらの車線を走ってきたり、さらには道端で人が寝ていたりすることもありました。
平野部の道は、油断できない緊張感と、どこか滑稽さに満ちています。



【ちなみに私はインドでトラックに追突され、10mほど吹き飛ばされたことがある。突然、老人が飛び出してきたので急ブレーキをかけたところ、後ろを走っていたトラックが止まりきれずに突っ込んできたのだ。

写真は、吹き飛ばされた見慣れない東洋人のもとに野次馬が集まってきたときのもの。誰も救急車を呼ばなかった。いや、そもそもそういう発想がないのかもしれない。】

 

 

🛵レンタルバイク
 

バイクだけでなく、トレッキングやラフティングなど、様々なアクティビティが楽しめる。私はレンタルバイク専門店を利用した。】
 

バイクをレンタルする際には、パスポート、前払金(デポジット)そして運転免許証が必要です。
(基本現金、一部の店でクレジットカード払いも可)

事前に国際運転免許証を取得しておきましょう(日本の警察署で発行してます)。

レーでスクーターをレンタルしていた日本人によると、「日本の免許証でも借りられた」とのことでしたが、長距離ツーリングをする場合は国際免許を用意するのが無難です。

レンタルバイクに付帯している保険は、対人・対物補償のみの場合がほとんどです、お店で確認してください。

また、海外旅行保険でバイクでの事故も補償対象になるのかどうか、事前に確認しておくと安心ですね。

 

【バイクだけでなく、ヘルメットやジャケット、プロテクターなどの装備をレンタルしている店も多い。】

 

バイクを借りる際は、店員と一緒に車体の状態を確認し、傷や不具合があればその場で指摘し、写真を撮って記録しておきましょう。

後から、自分がつけたものではない傷の修理費を請求されるケースもあるためです。

また走行前「ネンオシャチエブクトウバシメ」など、基本的なチェックもお忘れなく(自身あまりやってなくて、人の事言える立場ではないが、、、)

試し乗りは必ずやるべきです。
同じバイクがあれば、どちらが調子良さそうか見てみるのもありです。


確認するべき点をいくつか上げてみました 
 

⚫️メーターが正常に動作しているか (自分は壊れてても走ったけど)

⚫️エンジンに異音がないか (これ大事!)

⚫️プラグは古くないか? (今まで一度も問題ない。心配なら出発時に新品にしていたらまず問題ない。200円ぐらい。キャブの時代は低温高高度でトラブルがあった。)

⚫️ホーンは鳴るか

⚫️ブレーキ、クラッチ握り(重かったり、遠かったり)

⚫️タイヤの溝あるか

⚫️空気圧(ダートを攻める人は携帯の空気入れが便利。)

⚫️ヘッドライト

⚫️ウインカー

⚫️サス(座ってみて、バイクが沈みすぎないか)

⚫️オイル漏れ(どこの部分であれ濡れていたら要注意!)

など、、、、
 

【”ladakh rental bikes”と検索するだけで10店ほどヒットするが、実際に行ってみると店舗は一箇所に固まっており、その数は地図で見るよりもはるかに多い。バイク屋巡りも楽しんでみては?半日も回れば、おおよその相場が見えてくる。  】


【バイク屋の名刺】


 

レンタルバイクの料金は、日本や他国のそれと比べると非常に安価です。ほとんどがインドメーカーのバイクですが、KTMやBMW、日本のバイクを扱っている店もわずかにあります(これらは高額)。

なお、最もレンタル屋に並んでいるROYAL ENFIELDはイギリス発祥のメーカーですが、現在はインド企業の傘下にあります。(KTMもインド製の物が多くなって来ている)

レーでよく見かけるレンタルバイクの平均価格を記載します。ただし、旧型か最新型か、セルスターターの有無、バイクの走行距離などで値段は変動しますので、あくまで参考程度としてください。

 

(以下、1日のレンタル料。2024年現在)

スクーター(メーカーわからず)が500ルピー(約900円)から

ROYAL ENFIELD 350cc 1200ルピーから(約2000円)

​​ROYAL ENFIELD 500cc 1800ルピーから(約3100円)

ROYAL ENFIELD Himalayan411 2500ルピー(約4400円) 

ROYAL ENFIELD Himalayan450 3500ルピー(約6000円)

 

どのレンタルショップに行っても、料金は似たような金額に設定されています。これは、ラダックのレンタルバイク協会が値崩れを防ぐために定めた規則によるもので、規定価格以下でバイクを貸し出した場合、店に5000ルピーの罰金が科せられるとか。

しかし、ほとんどの店で値引き交渉は可能です。

【ラダックレンタルバイク協会の証明書】

 

また、値引きがない場合でも、荷物用キャリアやヘルメット、ライダースーツのレンタルを無料または格安で提供してくれる店もあります。

料金以外にも、バイクの整備が行き届いているか、スタッフがプロフェッショナルか、店の評判が良いか(ネットで確認できる場合もあります)、そして自分の好みに合ったバイクがあるかなど、選ぶ基準は数多くあります。

 

2024年にデリーでレンタルした Hero X Pulse 200cc は、1日800ルピー(当時約1,400円)でした。

長期レンタルの場合は料金が安くなる契約ができ、「半年借りるなら、1日あたり500ルピーにしてやるぞ!」と店主に笑いながら言われました。

ただし返却時には、「長距離走行でクラッチが摩耗した」として2,500ルピーを追加請求されました。

さらに、立ちごけでブレーキレバーを曲げてしまい、その交換費用も支払うことに。
それを考慮しても、インドのレンタルバイクの安さは破格といえます。

【バイクの数に圧巻!首都デリーのバイク屋街、パーツや、ヘルメットなどのバイク関係の店も合わせると2000店以上あると言うが、それはちょと言い過ぎも? 私がレンタルしたのはTony Bike Centre何店か見学して1番信頼出来ると思えた。】

 

翌年2025年にラダックで借りた Royal Enfield Scram 411cc は、交渉の末、1日1,000ルピー(当時約1,700円。バイクの状態が良く、値引き度の高い所を探しまくった。)装備一式と新しいタイヤと新しい荷台をくっつけてもらいました。

オフロードタイプを選んだ理由は、以前オフロードバイクに乗っていた経験があり、ダートをストレスなく走りたかったからです。

最新型の Royal Enfield Himalayan 450 の長期レンタルも考えましたが、予算オーバーでした。

 

 

 

余談
無骨で重量感があり、鼓動のような単気筒サウンドを響かせるネイキッドタイプの
Royal Enfield。その魅力は性能というより、理屈抜きの「渋さ、格好よさ」にあります。
気分はまさにモーターサイクル・ダイアリーズ。女性ならキノの旅でしょうか。
もっとも私はオフロードタイプを選びましが、、、
しかし近年、舗装路がほとんどを占めるようになり、オフロードを走る楽しさが減り、少し物足りなさも感じています。

 

 

レンタルバイク店や旅行会社では、バイクツアーを提供しているところもあります。

ガイドがバイクに乗り、整備士が車で旅行者をサポートします。
欧米人グループの利用が多く、Facebookで仲間を集めたり、バイク仲間、同窓生といったグループにも会いました。
 

さて、レンタルバイク店についてですが、レーでは日本と違い、仕事の無い時の店員は、携帯電話に夢中であったり、店先でご飯を食べたり、昼寝していたりしますが、これは現地のスタイルなので、あまり気にしなくて良いでしょう。


【寝そべってお客を待つ合理的? 2025年レーはこのバイクがやたらとレンタルバイク屋前に並んでいた。ROYAL ENFIELD Himalayan411、レンタル料金は交渉次第で1日1500ルピー前後まで落ちるはず。ハンドルにアクションカメラを付けたら、ウインドシールドが邪魔になって選べなかった。 エンジンは私のレンタルしたRoyal Enfield Scram 411cc と同じ。】
 

バイク返却時、日本のようにガソリンを満タンにして返す必要はありません

そもそもレンタル時、少ししか入っていないので、借りたらまずバイクの調子を見がてら、ガソリンスタンドに直行です。

長距離走行の場合、粉塵や雨、泥などを被った場合は、チェーンが砂を噛みスプロケットにも悪影響を与えます。

訪れた村にバイク屋があれば清掃してもらいましょう(またはクリーナーセット持参)。

 

余談

かつてのラダックの旅では、標高による気圧の変化や気温に神経を尖らせ、チョークを引いての暖機運転が朝の儀式のようでした。

しかし、それも今は昔の話。最新のインジェクションシステムやECUの恩恵により、過酷な環境であっても、バイクは驚くほど従順にその性能を発揮してくれるようになりました。

 

 

⚠️注意点

 

パーミットについて

中国、パキスタンとの国境付近では、今日も緊張状態が続いています。

パンゴンツォやヌブラ渓谷、ダー、ハヌー、ハンレ、ツォモリリなどを訪れる際には、入域許可証(インナーライン・パーミット:ILP)が必要です。

レーの街にある旅行会社で600ルピー(約1,000円)ほどで取得でき、午前中なら当日、午後なら翌日には手に入ります。申請にはパスポートが必要です。

有効期限は2週間です。
 

私は毎回Ancient Tracksという旅行代理店で申請しています。もっと手頃な値段のところがあるかもしれません。
申請2回目からは割引が適用されます。土日も営業していました。


道中では検問があり、その都度入域許可証の提示が求められるため、複数枚の入域許可証のコピーを準備しておきましょう。

私の頼んだ所では、何枚もコピーしてくれました。

ラマユル付近にも1箇所検問所があります。また、これらのルールは頻繁に変わります。

2024年はパーミットなしで素通りできましたが、2025年は素通りできず、インド人が列をなしていました。
しかし、その列を尻目に事務関係の人に「ワタシ、ガイコクノヒト、シンセイドウヤル ワカリマセン(英語)」と伝えたところ、その場で書類を書いてくれました。
そのまま並んでいたら1時間ぐらいかかっていたでしょう、ほんと感謝。
 

【ラマユル近くの検問所 2:00:30 辺り】


さらに、検問所(チェックポスト)では2人以上のグループでしか通行の許可が下りず、追い返される場合もあります。事前に旅行代理店やレンタルバイク店で情報を確認しておくと安心です。

私はパーミット(入域許可証)を作成する際、「バイクでの一人旅でも問題ないようにパーミットをアレンジしてください」と依頼しておいたためか、これまでに一度も検問所で問題が起こったことはありません。

ただ運が良かっただけかもしれませんが。

また、ラダックの軍事施設の多さに驚かれるかもしれません。もちろん、それらの撮影は禁止されています。

ドローンを飛ばそうものなら即捕まります。

ちなみに、彼らはサブマシンガンを常備しています。

 

 

​​​​​余談

2011年は南東のマナリから、2024年は西のシュリーナガルからレーへと入りました。
道中、現地のおばちゃんが手を振って何か叫んでいましたが、物売りか何かだと思い、アクセルを緩めず笑顔で手を振り返してそのまま通り過ぎてしまいました。

後から思えば、あれはパーミットのチェックポイントだったのかもしれません。当時許可証を持っていなかったので、結果的に「突破」してしまった形になりますが、今考えると冷や汗ものの違反行為ですね。

 

 

ガソリンあせる

レーやカルギル、パダムなどの主要都市にはガソリンスタンドがありますが、ひとたび町を離れれば、次の給油所まで100km以上離れていることも珍しくありません。特にパンゴン・ツォよりさらに奥、東ラダックの辺境へ向かうほど、その状況は顕著になります。

しかし、ラダック全域に言えることですが、主要な交差点や道の駅のような休憩所の売店では、案外ガソリンを小分け販売している場所が見つかるものです。

地元の人や行き交うドライバーに「どこで給油したのか」と聞いてみると、供給源を教えてもらえることがあります。

 

そのせいか、私は一度も予備のガソリンを使うことはありませんでした。ただ運が良かっただけなのかもしれませんが、、、、
ところで、予備のポリタンクはレーの街で購入可能です。
私はバイク屋で空のオイル缶や、ポリタンクをもらい受けガソリンを入れていました。2025年は購入しましたが、漏れが酷かった。
 

ちなみに、インドではガソリンのことをPetrol(ペトロ、ペトロール)と言います。

車の左側通行といい、イギリス統治時代の名残ですね。

日本もイギリスの影響があるとか、ちなみに中国は右側通行ですが、香港、マカオはイギリスからの返還後も左側通行を維持しています。

【ガソリンはポリタンクやペットボトルに保管され販売されている。】

 

 

 

🫘ラダック豆知識

 

チベットの影響を強く受けながら、過酷な高地環境に適応して発展してきました。

 

文化

チベット仏教:生活の軸となっており、各地にゴンパ(僧院)、マニ車、タルチョ(五色の祈祷旗)が見られます。篤い信仰心が人々の精神的支えです。

あいさつ:ラダック語の挨拶「ジュレー(Julay)」は「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」など、あらゆる場面で使える万能の挨拶言葉です。

ほとんどのところでヒンディー語が通じます。

 

 

暮らし

自給自足の循環型生活:厳しい自然の中で、家畜(ヤク・牛・羊・ヤギ)を飼い、乳からバターやチーズを作り、糞を燃料や肥料に使うなど、資源を無駄なく活かす持続的な暮らしが営まれています。

農耕と牧畜:農民は大麦などを栽培し、山岳地では遊牧民が家畜とともに季節移動を行っています。

コンポストトイレ 乾燥地帯のため、水を使わず排泄物を堆肥として再利用するコンポストトイレが伝統的に使われています。

「乾式トイレ(dry toilet)」「エコトイレ」

 

 

🍜🍅食

 

大麦(バルレイ)
主食の中心で、高地でも栽培できるため小麦や米より一般的です。

 

ツァンパ(Tsampa)

大麦を炒って粉にしたもので、日本の「はったい粉」に似た伝統食。バター茶をぶっかけて手で練って食べたり、携行食としても重宝されます。ゴンパ(僧院)に泊まると朝食はこれになります。僧侶のように沢山食べるのは困難。

 

モモ(Momo)

蒸し餃子。中身はヤク肉や羊肉、野菜など。平地インドでも最近食べられている。

 

トゥクパ(Thukpa) :

具だくさんの温かいスープ麺。寒冷な気候にぴったりの人気料理。あったまりますよ。

 

タギ(Tagi) :

小麦粉や大麦粉を練って焼いた、チャパティのような伝統的なパン。

 

根菜類 

カブやジャガイモなどが主な野菜で、煮込み料理「スキュー」などによく使われます。

 

葉野菜 (サブジ) 

様々な野菜、根菜類も入れスパイスで炒め煮・蒸し煮にした料理。

 

あんず(アプリコット)

ラダックの名産品。乾燥あんずは栄養価が高く、保存食としても重宝されます。Turtukでは7月中頃道端に実が落ちているほど。ジャムにしても美味しい。

チャイ ミルクティー

 

バター茶(グルグル・チャイ / Gurgur Chai)茶葉に塩とヤクのバターを混ぜて攪拌して作る伝統的な飲み物。高脂肪・高塩分で、高地生活に必要なエネルギーを補う。
 

チャン(Chang) 

大麦を発酵させた地元の伝統酒。祭りや家庭の集まりなどでよく飲まれます。

 

レーには、ツーリスト向けのインド料理、チベット料理、多国籍料理、西洋料理のレストランやカフェが年々増えています。ツーリスト価格で提供されておりますが、食事には困りません。



用意しておきたい物、まとめへ飛ぶ➡︎

◯ラダックバイクツーリング、前編に戻る➡︎

 

ルート紹介 ブログ 工事中➡︎
 

なが〜いYoutubeについて。
道路状況に不安のある方は、確認としてご覧ください。
ネタバレになるかもしれませんが、実際にその場所で風を感じ、空気を吸い、エンジンの振動を感じながら走る体験とはまったく別のものです。
映像とは比べものにならないほど圧倒的です。
時間があれば、主要ルート10本を作成したいと思っています。






 

私の写真ページ⬇︎

 


 



 

 



🌏 異世界転移 ?!
 ⚠️工事中、いつまで経っても書き足しが終わらないので、見切り発車のブログです

ナルニア国物語、オズの魔法使い、千と千尋、ダンバイン、転スラ、無職転生、、、、
誰もが一度は、「別世界へといざなわれる物語」に惹かれたことがあるのではないだろうか。


もし現実に、異世界へと通じる道があるのだとしたら。

それは遠い空想の中ではなく、ヒマラヤの麓に広がる、ラダックへと続く道なのかもしれない



【標高5,000mを越える峠から、来た道を振り返る】


前編 目次(目次をクリックしても、まだ本題に飛びません、あしからずあせる)
 
 ◯前置き
 ◯ラダックとはなんぞや?
 ◯気候
 ◯治安
 ◯高山病
 ◯衣類
 ◯飛行チケット、現金
 ◯宿泊施設

 ◯ラダックバイクツーリング (後編)
 ◯持っていきたい物編

 

 

自転車 前置き
 

標高5,000メートル級の山々が連なる絶景。広大な大地、澄み渡る青い空、肌を焼くような強い日差し、時に降る氷雨、そして夜空いっぱいに輝く満天の星空。
この厳しい自然環境の中で暮らす人々の知恵や習慣、そして風習。マニ車を回し、経を読誦する姿、伝統的な家屋で振るまわれた素朴な料理。
彼らの広い懐はまるでその大地のようであり、その人懐っこい笑顔が心に残ります。

 

北インドのラダックで過ごした日々は、驚きと発見に満ち、決して忘れることのできない余韻を心の奥底に刻み込みました。

この特別な体験がさらに深みを増したのは、旅のスタイルが大きく影響したからだと思います。
より自由にこの地に触れ、深く知りたいという思いから選んだ「バイクでの旅」。
その選択は、ただの移動手段を超え、この地と私を強く結びつける深い体験をもたらしました。

 

道中で感じた風や土の香り、広がる自然の中を走る高揚感、そしてふとした出会いから生まれる温かい交流。それらすべてが、バイクならではの特別な旅の魅力を作り上げ、旅を一層忘れられないものにしてくれました。




【森林限界を超えた地であり、人の手なしに身長を超えるような木々は育たない。向こうに見えるのはゴンパ(ゴンパ=チベット仏教の寺院、僧院)】

 

さて、
「知らない土地でのバイク旅」と聞くと、ハードルが高そうに思えるかもしれません。しかし、実際は想像していたよりも挑戦しやすいものでした。
それなら、こんな素晴らしい体験を自分だけのものにしてしまうのはもったいないとさえ感じ、この文章を書くに至りました。


バイク旅に限らず、もし読者の方が新たな価値観や発見に興味があり、日常の単調さに行き詰まりを感じているなら、
あるいは人生に新たな思い出を加えたいと考えているなら、
あるいは暇を持て余している方でも、ラダックでの旅はその願いを叶える手段になるかもしれません。

 

ただし、そこには日常とはかけ離れた環境が待っています。
飲み水として使えない水道水、ウォシュレットのないトイレ、隣村まで30km以上離れていることが当たり前の世界。
24時間営業のコンビニや自動販売機など、夢のまた夢です。

そんな異世界転移ともいえる環境ですが、適切な準備を整え、心構えを持てば、ラダックでの旅はきっとかけがえのない体験となるでしょう。
 

旅はすべて自己責任となりますが、2011年から2025年にわたる計3回のラダックバイク旅の経験をもとにしたこの記事が、ラダックを志す方々の一助となり、より快適で充実したものとなれば幸いです。




⛰️ラダックとはなんぞや?!


【赤丸印がラダック周辺】
 

超簡単に言うと、

かつての広大なチベット文化圏のうち、北を中国が、南をインドが統治することになった。
その南側にあたる地域がラダックである。


「インド」と聞いて、多くの方がカレー、蒸し暑い気候、ヒンドゥー教、ガンジス川、タージマハルなどを思い浮かべるのではないでしょうか。

しかし、北インドに位置するラダック連邦直轄領(ラダック)は、これらの一般的なイメージとは全く異なります。この地域を一言で表すなら「チベット仏教の地」という表現が最も適切でしょう。
多くの方は、山岳地帯やダライ・ラマ法王を思い浮かべたかもしれません。
ラダックはチベットと地続きであり、その大部分が標高3,000メートルを超えます。主都であるレーの標高は3,650mと、富士山の高さに迫るほどです。
ラダックではチベット仏教が伝来し発展しており、広く信仰されています。
同じ神やラマ(高位の僧侶)が崇拝されています。


【お祭りの日に合わせて旅を計画するのも、面白そうですね】


しかし、チベットは現在、中国の統治下にあり、共産党による文化大革命で仏教文化が激しく弾圧、破壊されました。
それに伴い、1959年にはダライ・ラマ法王は身の危険を悟りインドへ亡命しています。
同じ高僧であるパンチェン・ラマは現在も中国共産党に連れ去られたままです。


【かつての主を失い、中国政府によって接収されたポタラ宮は、現在博物館として公開されている。その最上部には、五星紅旗がひるがえっている。 ⚠️古い写真】


一方、インド領となったラダックでは、これらの弾圧を免れ、今日もチベット仏教文化がラダック仏教文化の中で息づいています。
中国では見れる事のできない古い寺院や曼荼羅美術が多く現存しています。
 

ラダックの北西に位置するカルギルとトゥルトゥクは、イスラム教徒が多数を占める町です。両者は山を隔てて道路距離で400kmほど離れており、それぞれ独自の顔を持っています。

西からの玄関口であるカルギルに対し、トゥルトゥクは「パキスタンの桃源郷・フンザのようだ」と称賛する人も少なくありません。
同じ宗教を背景に持ちながらも、町の空気感や人々の顔立ち、そして言葉の響きには確かな違いがあります。


現在のラダックには、仏教徒だけでなく多くのイスラム教徒の集落が点在しており、ヒンドゥー教徒らと共に、互いの信仰を尊重しながら共存共栄の道を歩んでいます。



ラダックの首府レーの市街を見下ろす丘の上に建つ旧王宮、レー・パレス。チベット・ラサのポタラ宮のモデルになったとも言われている。】
 

ラダックの南に位置するヒマーチャル・プラデーシュ州の山岳地帯にも、豊かなチベット仏教文化が息づいています。
避暑地ダラムサラは、ダライ・ラマ14世の亡命政府があることで知られています。

また、同じく避暑地のマナリは、ラダックへのバイク旅の起点として人気があり、街には多くのレンタルバイク店が軒を連ねています。
追加料金でレーでのバイク乗り捨てサービスを行っているところもあります。

マナリ 〜 レー間のルートは絶景で、2025年驚くほど舗装が進みました。

前年あれほど苦労して走った道が(雨降って最悪だった)

 

【ヒマーチャル・プラデーシュ州、スピティ谷のキーゴンパ。 ラダックを巡る数年前、このゴンパで一夜を明かした。

朝食に出されたのは、山盛りのツァンパ。完食困難な量だったが、僧侶の眼差しを前に必死に頂いた。】

   
 

そして、かつての英国植民地時代の避暑地シムラー も、ラダックへの旅の起点の一つです。

またインド映画『きっと、うまくいく』(3 Idiots)で「本物のランチョー」とのやりとりが描かれたロケ地でもあります。

映画の中で彼らは「偽物のランチョー」を探しに、ここからさらにラダックのパンゴン・ツォ(パンゴン=広大な、ツォ=湖)を目指すことになります。

本物、偽者のランチョーって? 気になる方は、ぜひ鑑賞してみてください。
おすすめであり、大好きな映画です。
 


 

虹 気候について
 

この地方の冬季は長く厳しいため、バイクツーリングやトレッキングを考えている方には、6月中旬から9月中旬頃がおすすめです。

夏の首府レーでは、晴れると湿度が非常に低いため日差しが強く感じられ、シャツ一枚でも汗ばむほどです。しかしこの地域は非常に乾燥しており、標高が上がるにつれて湿度はさらに下がります。日焼け止めや保湿クリームを持参すると安心です。

乾燥は想像以上で、日本では冬にしか感じないような静電気が、昼間の暑い時間帯でも起こるほどです。喉が弱い方は乾燥対策としてマスクを着け、保湿するのもよいと思います。

また、バイクでダートを走る場合、前方の車が巻き上げる細かい砂で視界がふさがれることもあります。ベビーパウダーのような非常に細かい砂の道もあり、わずかな風でも砂が舞い上がります。そのため、やはりマスクの持参をおすすめします。

⚠️動画工事中

マスクは現地でも購入できますが、品質はあまり良くなく、値段も日本より高いことが多いです。
 

環境にもよりますが、一般的に標高が1,000メートル上がるごとに気温は約6.5℃下がるといわれています。単純計算では、標高5,000メートルでは平地(海抜0メートル)に比べて気温は約32.5℃も低くなります。

 

さらに、風速1メートル毎秒につき体感温度は約1℃下がるとされており、バイクで走行中は常に風を受け続けるため、実際の気温以上に寒く感じられます。この季節は雨季でもあるため、雨が降ると一層肌寒さが増します。また、峠を越える際には雪壁を目にすることもあります。防寒着は必ず携帯しておきましょう。


🐑🐏🐑🐏 私は8月に標高4,600mほどの羊飼いのテントに宿泊しましたが、ダウンジャケット、フリースパンツ、3シーズン用の寝袋でも寒く、よく眠れませんでした 🐑🐏🐑🐏


 

馬余談 

昨今のラダックでは、観光業が経済の重要な柱となったことで、伝統的に冬に行われていた祭りを、観光客の多い夏季へ移行させる動きが見られます。こうした変化に対しては、伝統の形が損なわれるという批判も一部にありますが、冬季の過酷な生活環境を考えれば、地域住民にとっては「背に腹は代えられない」というのが実情なのでしょう。
 

その一方で、冬のラダックにはこの季節だけの独特な魅力があります。雪景色に包まれた厳かでスピリチュアルな雰囲気を求め、あえて冬に訪れる旅人も一定数います。この時期の僧院(ゴンパ)では、観光客向けではない村人達のための本来の祈りや、新年を祝う「ロサル」などが執り行われ、チベット文化の真髄に触れることができます。
 

近年は温暖化の影響により、凍った川を歩く「チャダル・トレッキング」の実施条件は厳しくなっているようですが、その一方でアイスクライミングなどの冬のアクティビティを目的に訪れる人は徐々に増えていると聞きます。
また冬は、野生動物たちが餌を求めて低地に降りてくるため、ユキヒョウやバーラルとの遭遇率が高まる季節でもあります。

私も機会があれば、冬のラダックを訪れたいと考えています。

【ヒマラヤマーモット、めちゃくちゃかわいい。】

 




流れ星 高山病 

標高が高くなるにつれて空気が薄くなり、体が酸欠状態になることで引き起こされるさまざまな症状のことです。
高山病の発症に、年齢や性別、普段からの運動の有無には関係ないようです。
発症して体調を崩しても、多くの場合、2日ほどで体が順応していきます。飛行機で低地からレーに来られた方でも、ほとんど問題ないケースが多いようです。
心配な方は、ダイアモックス(アセタゾラミド)の服用を医師に相談のうえお勧めします。
薬は高地に入る前日から服用するのが理想です。予防薬なので、症状が悪化したり改善されない場合は、速やかに低地に移動しなければなりません。

レーにて体調が芳しくない場合、水分を取り、激しい動きやアルコール、タバコは避け、睡眠をしっかり取って高度順応しましょう
体調が改善してもまだ不安がある方は、いきなり峠越えなどせず、レーで観光するなどして、体を順応させるのも良い方法です。

 

 

ガーン余談 

私の場合、低地からレーに入るぶんにはまったく問題ありませんでしたが、以前、低地から一気に標高4,500メートルの村へ入った際には、一晩中、高山病による頭痛や嘔吐、下痢に襲われました。

いつ来るかわからない下痢のため、ぼっとん便所に長時間またがり、土壁の小さな窓から凍えるような寒さの中、くすんだガラス越しに満天の星空を眺めながら、うつろな気分で夜を過ごしたのを覚えています。

翌日、500メートル下山しただけで、スキップしながら鼻歌を歌えるほどに回復したのは、不思議なほどでした。

【お尻丸出しで凍えていたあの夜、、、長方形に見える穴、あそこに💩します】

 

 

 

👮治安
 

治安はおおむね良好です。また、川で車やバイクがスタックしている際に軍のトラックが通りかかると、皆で助けてくれることもあり、それは一般の旅行者同士でも同様です。

インドの観光地を訪れたことのある人は、現地の人々に対して「金にしびあ」「騒がしい」「秩序がない」(そんな日本と対するところが魅力的なのですが、)といったあまり良くない印象を持つかもしれませんが、ラダックの人々は一言で言うと穏やかです。

旅行者も比較的経済的に余裕のある人が多く、多数をしめるインド人観光客も英語を話せる人や教育を受けた人も多いため、インド平野部の観光地とは印象が大きく異なります。

治安は概ね良好ですが、カルギルやレーなどの比較的大きな町では、駐車場付きの宿泊施設を選ぶと安心です。
また、駐車場が屋外にある場合は、チェーンロックやハンドルロックを持参するとより安心でしょう。

私の場合は運が良かったのか、チェーンロックなしで屋外に駐車しても、これまで被害に遭ったことはありません。
夜の街歩きも危険な気配さえ感じた事はありませんが、油断は禁物です。
 

 

👕衣類について
 

まず準備すべきは雨具です。

ラダックは年間を通して降水量が非常に少ない地域ですが、夏は雨季に入るため、撥水性(表面で水を弾くだけのもの)ではなく、必ず完全防水タイプを選びましょう

雨から身を守るだけでなく、風をほとんど通さないことで体温の低下を防ぐことができます。

 

止水ジッパーがむき出しになっているタイプは、バイク走行には不向きです(トレッキングなら問題ない)。

じわじわと水が染み込んでくるため、できればジッパー部分がフラップなどで覆われたタイプを選ぶと良いでしょう。


【氷雨の中、羊飼いに出会った。「すまないね、今道をあけるから、、、」多分そんな言葉を投げかけてくれた。】
 

 

ポンチョは風でばたつき、めくれ上がりやすいのでおすすめできません。

また、ウインドブレーカーは防水性も防風性も十分ではなく、雨も風も通してしまいます。

 

フリースやダウンは雨具の下に着用して保温を確保します。そのため、雨具はあまりタイトなものではなく、重ね着できる余裕のあるサイズを選ぶのが理想です。

 

ライダージャケットは、風でばたつかないような工夫が施されており、プロテクターを内蔵しているものもあります。

私自身、ジャケット・パンツ・靴ともにトレッキングウェアでバイク旅をしていましたが、やはりプロテクターがあると安心感が違います。

ダートで思わぬ転倒を経験し、手袋とニーパッドの重要性を痛感しました。

 

バイクにまたがると股関節と膝を深く曲げるため、ズボンの裾が上がり、靴の中に雨が入りやすくなります。

レインパンツは丈が長めのものを選ぶか、ゲイター(スパッツ)を使用して雨の侵入を防ぎましょう。

ローカットの靴では、簡単に水が入ってしまいます。

理想は防水仕様のオフロードブーツですが、ヘルメットと合わせて日本から持参するとかなりかさばるのが難点です。そのため、ミドルカット以上の防水の靴でも十分だと思います。
ガチ登山用のような硬いアウトソールは必要ありません。

ラダックでは雪解け水が道を横切っていることがあり、一度靴の中に水が入るとなかなか乾かず非常に不快です。さらに気温が下がると、濡れた靴は足先から体温を奪われてしまいます。
そのため私は、川を渡る可能性も考えてサンダルも用意しています。

近年は道路整備が進み、膝まで浸かるような深い川を渡ることはほとんどなくなりましたが、長距離ツーリングでは雪解け水が流れる道を走らなければならないこともあります。
ルートによってはまだまだ油断はできません。

 

【雪解け水が川となり、道路を塞いている。早朝は水深が浅い。】

 

ヘルメットやプロテクター付きのライダージャケット(防水性は不明ですが)をレンタルできる店も多くあります。

 

手袋は、防寒防水タイプと日焼け防止の3シーズン用、この2種類を用意しておくと便利です。

衣類は洗濯のしやすさを考えると、ポリエステルなどの化学繊維製(シャツやフリースなど)がおすすめです。

乾きが圧倒的に早く、トレッキング中の汗冷えも防いでくれます。

 

化繊ではありませんが、軽量で収納もコンパクトなダウンは旅人の強い味方です。

ラダックは治安が良い地域ですが、ズボンはジッパー付きのポケットがあるものをおすすめします。

ポケットの中の小物を落としにくく、防犯面でも安心です。
ジッパーのない場合はウエストポーチなどをお勧めします。

 

下界のインドで過ごす格好のままラダックに来ているインド人ライダーもよく見かけます。

雨具も持たず、レインウェア代わりに大きなゴミ袋に首と腕の穴を開けて走る姿もありました滝汗

雨の日には食器洗い用のゴム手袋を使っている人までいて、「冷たくないのだろうか」と思わず心配になります。

インド人ライダーのタフさには驚かされますが、決して真似できるものではありません。

 

雨、降らないといいですね 雨
 

【夜は風がテントを叩き続けた。】


💰飛行チケット、現金

東京からレーの空港までの移動には、最短でも17時間ほどかかり、丸一日を費やすことになります。

チケットは「Skyscanner」で検索して購入していますが、注意が必要な場合があります。

格安航空などで持ち込みの制限を超えていると、非常に高額な追加料金が発生してしまいます。

あらかじめ追加料金を払うか、ワンランク上のチケットを購入し機内持ち込み制限を増やすと良いでしょう。

 

私は以前格安チケットと同じぐらいの割増し料金を払ったことがあります。出発前の楽観が落胆に変わったのを思い出します。

 

現地人の間ではGoogle Payが普及しているものの、インドに口座を持っていない者(外国人)は使えません。

また、クレジットカードは大きな町の一部でしか使えず、現金しか使えない店が大半です。

集落にはATMはなく、レーやカルギル、パダムといった比較的大きめの町にはいくつかあります。

一度に引き出せる最高金額は10,000ルピーです。
銀行によって手数料に違いがあり、年々上がっています。
私の知る限り、インドステイト銀行 (SBI) のATM手数料が最も安価です。

【パダム(Padum)に数カ所あるATMは、どれも故障中だった。唯一動いていたのはこれのみ、なんという無防備な……。治安が良いと言う事なのか?】

 


🏨宿泊施設
 

ラダックの宿泊事情は幅広く、大きな町では一泊900円ほどのドミトリーから、3万円を超えるホテルまでさまざまな選択肢があります。
予約はスマートフォンで簡単にでき、「Booking.com」や「Agoda」などのアプリをよく利用していました。これらのホテルの多くでは、Wi-Fiが利用できます。
バイク旅の場合は実際に走りながら宿を探し、内見し値段を聞いて回るのも一つの方法です。多少の手間はかかりますが、それも旅の楽しみの一つです。
Google Mapでホテルを検索すると、山のように出てきます、山岳地帯なだけに、、、口笛
 

ロングツーリングでは、山間部や盆地、主要道路沿いに点在する峠の茶屋やテント、掘立て小屋なども宿泊の選択肢になります。
こうした場所では、チャイ(ミルクティー)やマギー(インスタントラーメン)、ビスケット、卵焼き、水(ペットボトル)、といった簡単な飲食が提供されており、中にはそのまま宿泊できるところも少なくありません。

安いところでは、素泊まり300ルピーほどの宿もありました。

 

これらの施設は、観光客の多い夏の間に冬の生活費を稼ぐ、現地の人々にとって大切な収入源になっています。


【軽食屋を兼ね、雑魚寝で泊まれるところも多い。】

 

ただし、携帯電話の電波が届かない場所にあることが多く、ネット上に情報が出ていることはほとんどありません。支払いも基本的に現金のみです。
近年はこのような宿泊施設が増えてきたこともあり、今回(2025年)は自前のテントを使う機会はありませんでした。
なお、ドミトリーを利用する場合はいびきや話し声が気になることもあるため、耳栓の持参をおすすめします。

郊外では街灯のない場所がほとんどのため、暗くなる前に宿を決めておくことを強くおすすめします。
 

【現地の人や旅人、トラックの運ちゃんとの交流が楽しかった。】
 

ホテルの濾過水やレストランで出される水についてですが、私はこれまでトラブルにあったことはありません。ただし、インドの水は日本と異なり硬水であるため、人によってはお腹がゆるくなることもあるようです。

水道水や井戸水の飲用は避けましょう。また、雪解け水を利用する場合は、動物の糞尿が混じっている可能性もあるため注意が必要です。
ペットボトルの水が一番安心ですね。
 


【初インドは自転車旅6カ国目だった。平野部を横断中、井戸水を飲み嘔吐下痢で9kg減。漕ぐために食しても、激夏季なので水分補給しても、すぐ流れて大変だったガーン。一緒にダバ(Dhaba)に泊まっていたトラックの運ちゃん達は問題なかったのに、、、、】


 

 

余談
満月の夜は懐中電灯が必要ないほど明るく思えるのですが、新月は恐ろしいほど真っ暗です。
私の場合、景色が美しかったり、食堂兼宿の人が親切だったりすると、まだ昼過ぎでも「今日はここまでにしよう」とバイクを降りました。
また僧院では、宿泊が可能であれば泊めてもらうこともありました。
ところで、停電はいつくるかわかりませんし、そもそも電気が来ていない所もあります。
充電すべきものがある場合は飯、トイレ、恋愛より優先した方が良いかも😁
【新月の夜は"天の川"が肉眼でもしっかり見えた。仏塔と天の川】





後編に続く⬇︎





Panamikには温泉もあるよ⬇︎

3:27:10辺りから2025年は工事中だった。】

 

 

私の写真ページ⬇︎

 

◯ラダックバイクツーリング(持っていきたい物編)


 



 

 

今年は中国ウィルスの影響で、盛大なハロウィンは行われないでしょうから、数年前の写真を掲載します。

 

昨今ちびっこ達のパレード(最近手が込んでいる)もあっちこっちで行われており、撮影したいのだが、親御さんの了解を得るのが億劫で、、、

断られると、幼児趣味の性犯罪者扱いですからね滝汗滝汗滝汗

 

この時は、アシスタントにカワイイ仮想した女の子が同行してくれたので、写真を撮らせてくれる女子が多かった。

次の年は一人で行ったので、足蹴にされへこんだものですショボーン

男一人で行くと、ちょっとやばいカメラ小僧扱いされます。

 

新しく購入した写真編集ソフトで写真をアップです。

Luminar使い方まだよーわからんゲッソリゲッソリゲッソリ

 

 

DJポリスも出動、人人人凄い。

バレンタインチョコ、土用の丑、初詣、年賀状と同じく、企業戦略がまた新しい風習を根付かせそうですね。

 

 

 

カワイイラブラブ

シンデレラの物語では、足が靴に合うようにとかかとをそぎ落としたり、白鳩が目玉をくりぬいたり。

白雪姫は、焼けた鉄の靴で死ぬまで王妃を躍らせたり。

赤ずきんは、オオカミに食われて終わり。

そう考えると、なかなかハロウィン的な物語です。

右横のリーマン、何気に怖い。

 

 

お化けでも、かわいけりゃ、、、、ドキドキ

男はバカだなぁと思っているでしょ?

ドラキュラは、女性が受け入れないと部屋にも入れないんですよ。

だからイケメンしか生き残れない。

僕がドラキュラならすぐ餓死ですよむかっムキームキー

 

 

最近ミカンの赤いネット見なくなりましたね。

 

 

名刺持ってくんだったと後悔しましたハートブレイク

 

 

for女性にサービスショットです照れ
学生に戻りたくなった。

俺が今やったら、若年性痴ほうと思れ即回収ですww

 

 

元々、ケルト族のアミニズム、風習が根源と言われています。

キリスト教には関係なかったが、アメリカには浸透していきました。

日本には、ディズニーや映画の影響が大きいね。

 

 

壁をバックに、クリップオンストロボを試してみる。

 

 

海外からの参加ドキドキドキドキ

 

 

宇宙からの参加ラブラブ

 

 

 

聖人君子と呼ばれている人も一皮むけば、、、人は全て罪といいます。

 

 

単焦点レンズ。

F値が小さいとボケ、抜けが気持ちいい。

 

 

モデルでも雇わなければ、こんなコスプレ写真撮れませんからね。

それも色々工夫を凝らした人が多くて。

毎年撮りに行きたくなります、ってか出勤経路上なのですが。

 

 

ホラーと言えば射光。なぜ皆クリップオン使わないのかな?

それにしても、海外の化け物ばかり。
(わざとノイズのせています)

 

 

有名人も、沢山渋谷を訪れたとか。

 

 

 

メイドさん達は一切笑わず、話もせず、なかなかの雰囲気でしたグッド!

彼らも西洋の化け物ですね。

 

 

見つけました↓ 

日本の化け、、、、?

 

 

 

 

 

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人物撮影は、楽しいですね。

ポートレート写真、家族やイベントの撮影承っております。

 

来年の🎃撮影サポート(女子or超イケメン)連絡待っています。

一緒に撮りましょう。

 

 

 

 

 

 

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今回使った写真編集ソフトです。

今回は汚く見せる為に使いませんでしたが、ポートレート編集はPhotoshop並みの仕事を一発クリックです。(こだわれば、補正したくなるけど)

まだまだ使いこなせていませんが、編集が面白くなりそうです。

 

 

 

 

2005/04/02の日記です。


簡素でだだっ広い部屋にも、朝の光がこぼれ、目が覚めた。
宿泊者は、他に居ない。

大学で一夜を過ごすという稀な環境に、面白さを感じての宿泊だった。

朝食を取った食堂では、ノートにびっしり漢字を練習する欧米人の姿がいくつもあった。彼らに表意文字はどううつるのか。
黒人と白人が中国語で話する光景は、まるで吹き替えられた映画を見ているようで、新鮮にも、少し滑稽にも映った。
拡大する中国勢力、至る所にあるチャイナタウン。
いつか見慣れた光景になるのかもしれない。
       

今日の目的地は博物館。


まだ学生だった頃、たまたまつけたテレビ番組で、漫画家の水木しげるさんが南京を訪れていた。
いつかはここを訪れてみたいと、彼のたっての願いだったように記憶している。
戦争の生き証人である彼が、その愚かさについて、ぽつぽつと語っていた。


(ネットより拝借)


戦争の記憶とは、一体何年取り憑けば、彼らを解放するのであろうか。
彼はもう背を丸め、晩年を迎えるというのに。

この時初めて、彼に左腕が無い事を知った。
多くの戦友と共に、ラバウル戦線で失ったという。
この頃の僕は海外への興味は無く、視野は今より更に狭く、自分の作った世界に閉じこもっていた。この番組が自身に一石を投じた事は、ずいぶん後になってから気付く。


戦争は、理解し合えない者同士の末路だ。残念ながら珍しい出来事ではない。
しかし南京のそれは戦場ではなかった。その事は知っていたが、改めてその事実を突き付けられる番組だった。


ここに来たからといって、何かが解決するとは到底思えない。が、この機会を逃すと、妙な嫌悪感を引きずるように思えた。

れいの地図帳では南京の細部などわかるはずもなく、道行く人に尋ねながら自転車を走らせた。
向かい風は、少し肌寒い。

進むにつれ「侵華日軍南京大虐殺遇難同胞紀念館」と書かれた大きな看板を、あちらこちらで目にするようになる。
何と読むかは分からないが表音文字、内容は見て取れる。


大通りを曲がり少し行くと、町のど真ん中に白く高い塀に囲まれてそれはあった。
事件当時も、ここには市民の日常が、いつものように営まれていたのだろう。


(ネットより引用)


門をくぐると大きな駐車場があり、観光バスがたくさん停まっていた。
ここの駐輪場、駐車場、拝観料は全て無料であり、中国政府の日本に対する姿勢がうかがえる。
まさか自転車の荷物を全て持って入館できるはずも無い。
いつもなら荷物は宿に託すのだが、南京大学でのもう一泊は気が進まなかった。ここなら観光地なのでロッカーくらいはあると思っていたが、当てが外れた。
荷物のほとんどを、自転車にくくりつけたまま行くしかない。


駐輪管理所のプレハブが目についた。安全の為、門から入って来る人からは目立たず、自転車の管理人からは良く見える所に止められないかとスペースを探していると、管理所のおじさんが他の自転車を詰め、管理所正面にスペースを作ってくださった。
そして「私達が見張っていてあげるから心配しなさんな(身振り手振りでそう思えた)」と笑顔で言ってくれた。
「謝謝 (ありがとう)」
その間も、次から次へと、観光バスがやって来ては、乗客が館内へ吸い込まれて行く。

貴重品の入ったバッグだけを肩にかけ、博物館の入り口に向かう。
管理所のおじさんが、背中越しに訪ねてきた。
「あなたは、どこから来ましたか?」
国名を答えたが、彼は耳が遠いのか聞こえなかったらしく、先ほどより大きな声で「どこから来たの?」と聞き返してきた。
おじさんに聞こえるように、もう少し大きな声で

「リーベン (日本)」と答えた。


するとおじさんの笑顔は消え、周りにいた観光客、チケットを渡すお姉さん、ガードマン、皆が一斉に僕の方に振り向いた。

一瞬目の前の時間が止まったように思えた。
沢山の視線を感じながら、そそくさと大勢の観光客にまぎれ館内に入った。

(ネットより引用)


館内は日本軍の侵攻地図、殺された人の数、遺品、それらを表現したオブジェ、慰霊碑、死者の安らぎを願うロウソク、花束、そして土に埋もれた人骨が展示されていた。
この惨劇を今も胸に抱いて、この時間を生きている人がいるのかもしれない。
もしかすると、今日、市場ですれ違った人がそうなのかもしれない。

もっと考える余地はある。歴史とは骨董品ではない。
綺麗にしまいこんでいてはいけない。

今この瞬間もこの地上のどこかで、力無き者が命を失っていく。
我々にとって反省から教訓を得る事はそんなに難しい事なのだろうか。
それを学ぶ場所として、ここはあるべきだと思った。

殺し合いが正義か否か、全ての人は答えを知っているはずなのに。
自治区を圧政する共産党のかかげる『平和』の2文字が滑稽にすら感じる。

あっという間に閉館時刻を迎た。

自転車はそのまま置かれてあった。
あのおじさんが守っていてくれたのであろうか。

 

 

 

 

追記~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

初めて東京の居は、調布だった。

水木さんも調布に住んでおり、よく商店街を歩いている姿を見たものです。

サインをもらいたいと思った頃には姿はもうなかった。

多分車椅子になってから、外出が少なくなったのだろう。

 

どの本も、評価が凄く高い。

走らせたペンには、並々ならぬ思いが宿っていたのでしょう。

 

 

 

 

このほかにも、戦争に関するマンガは沢山出しておられます。

図書館にあるなら、レンタルでもよいので読んでほしいです。

僕も一冊しか読んだことが無い、それも遠い昔、これを機に、、、、

 

 

 

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2005/4/1の日記です。


昼食は、気の良い若いカップルが経営する飯屋で取る。
残念ながら、言葉は通じない。


黄色い服の似合うウエイトレスさんが、やたら気を使ってくれ、店外に出てチャリに取り付けた水筒を指さし、入れてあげるとゼスチャーする。
「いや、まだ中身はあるよ」と水筒を振ると、それをヒョイと取り上げ、中のお茶をすべて捨ててしまった。
 

ええっ、なんて事すんだよ!


と思っていると、キンキンに冷えたお茶を満タンにしてくれた。

 

彼らと写真を撮り、メールアドレスをいただいた。

またいつか会えるようにと。

 

 



夕方この旅の最初の目的地に着いた。
十年以上も前から、いつかここを訪れたいと思っていた。

目的地の都市は、上海と同じようにビルが整然と立ち並ぶ町だった。
しかし公園や昔ながらの石の建物も見え隠れし、どこか穏やかで、視線はおのずとキョロキョロ、ペダルはゆっくりとなる。

 

(ネットより拝借)


道行く人に安宿街を聞いては、自転車を走らせているうちに、うっかり交通整理をしている警官の前で、信号無視をして捕まってしまった。

車でさえ、時折信号無視をしている国なのに。
それに渡ってしまったのは、大通りに接するとは言え、細い通りではないか。
とは言え、違反には変わりない。

捕まったのは、僕だけではなかった。
もう一人は、学生服をまとった女の子だった。
彼女は、警官と少し話した後、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。

共産国ならではの、厳しい罰があるのか?
それとも罰金が途方もなく高額なのであろうか?

彼女に、罰金はいくらかと英語で訪ねてみると、50元(約700円)と英語で教えてくれた。

僕は警官に「どうやって払えばよいのですか?領収書はいただけますか?銀行振り込みは駄目ですか?」と尋ねてみた。
そのように尋ねたのは、以前旅人から、警官が罰金を着服している国が有ると聞いていたからだ。
すると警官は全く英語が分からず、尻込み始めた。

しめたと思い、困った外国人の振りをして
「私は今とても急いでいます。日暮までにホテルに入りたいのですが、まだホテルを見つけられません。日が暮れては不安です。助けてください。please help me.」
と早口でまくし立てた。
ますます警官はたじろき、そこで彼は捕まえた女子学生さんに通訳を言い渡した。
「今回は大目に見てあげます、以後注意するように。」
と彼女が警官の言葉を震えた声で僕に告げた。

それと同時に、今までこらえていたのであろう、彼女の瞳からどんどん涙があふれて頬をつたった。

50元の罰金は彼女には大きく、両親に迷惑をかける事を悔やんでいるのだろうか?
まさか、罪の意識からか?

罰金を免れたのにもかかわらず、素直に喜べなくなってしまった。
僕は警官に「ありがとう」と言ってその場を立ち去り、少し離れた所で自転車を止め、彼女が警官から解放されるのを待った。
数分後、解放された彼女は僕の方に向かって、自転車を走らせて来た。
ちょうど僕の立っていた交差点の信号機が赤になったので、彼女は僕の前で止まった。

そこは、先ほど捕まった信号機だった。

彼女のそばに自転車を寄せ話しかけた。

「先ほどはありがとう、助かりました。」

彼女の目はまだ真っ赤で潤んでいる。

「僕も罪を犯したし、そのうえ君に助けられました。だから罰金の半分を払わせてください。」

精一杯の慰めだった。

「ありがとう、でもいりません。」

すべての車両が目の前を通り過ぎると、信号が赤にもかかわらず、周りの自転車、歩行者は皆、信号機を無視して渡って行った。

二人だけが取り残されたように、横切る物がない歩道の前に突っ立っていた。

「でも、それは不公平だ、僕も払いたいのです。」

「ありがとう、でも必要ありません」

視線をこちらに向ける事なく、うつむいたまま答える。

信号が青になると、横断歩道を1人渡り、外灯の中に彼女は消えて行った。

彼女が見えなくなってから、宿探しに再び自転車を走らせた。

 

中国に来て驚いた事の一つに、日本人に対して敵意があまり見て取れない事がある。
むしろ友好的な人が多く、親しみを感じる。


しかし、今晩たどり着いたこの町はどうだろう?


『南京』


小さい出来事ではあったが、信号無視の一件で、いきなり晴れない気分になった。
この町に来る前から、もっと大きな覚悟はしていたのだが。

 

 

 

 

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2005/03/31の日記です。


宿泊先隣の食堂で朝食をとる。
店員がずっと笑顔子で可愛く、話しかけられたラブラブ
朝から幸せな気分だ。
その上追い風も加勢し、ペースがあがる。

  
笑顔に勝る、素顔はない。


雄とは、単純である。


中国人ドライバーは、やたらとクラクションを鳴らす。
混雑しているならともかく、車道の端っこを走るチャリンコにも鳴らし、追い越して行く。

近くで鳴らされようものなら、ビクッとしたりイラッとする事もある。

しかし、観察してみるに、このクラクション
「早よ行け!」
「邪魔や!」
「どけ、ボケ!」
ではなく「今から追い抜くよ。」と自身の存在を伝えているのであった。
後ろから車の走行音が聞こえてくると、軽く振り向いて「あなたが来ているのは確認済みです。」と身振りすると、鳴らしてこない。

誤解していた。

 

でも、毎回身振りするのも面倒くさいんだけどね。


上海からここまでの道のりは、たいした坂も無く、左膝の古傷にも良いトレーニングになる。
しかし体重のほとんどを支えるお尻が痛い。

まずは尻の真ん中が痛くなってくる。
痛み回避のため、次は左尻で座る。
それも痛くなって来ると、次は右尻で座る。
今はその3点を、ローテーションしながら座っている。


だが、その間隔もどんどん短くなってきた滝汗滝汗滝汗
お尻をさわると、でかいニキビみたいなシコリがいくつか出来ていて、
痛くて、痛くて、もうそれは三角木馬ゲッソリ

宿にて、、、、
パンツを脱ぎ、鏡をまたいで、でん部の容態を覗き込んで、指診してみる(中には、入れてないよ)。
昨日より、腫れが肥大しているではないか。
1ヶ月も経つと、じょじょに尻の皮が強くなり、痛みも引いて来るはずなんだけど。




メモ~~~~~~~~~~~~


そそ、鏡をまたいで、今迄見たことのない自身の局部を見た。
物事は多面的考察をもちいて判断しよう。
そう自分に言い聞かせてきたんだけど、一生見なくてもよい面もあるんだなと思ったゲローゲローゲロー

 

 

 

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2018/01/27の日記です。

 

 

五体投地を毎朝しているお爺さんに会うため、ハウラー橋たもとのガート(*1)にやって来た。

インドといえ、1月の早朝はやはり肌寒い。

その中、フーグリー川の糞尿も混じった汚泥に体を投げ出し、数時間祈っておられるのだ。



 

修験者でも、聖職者でもなく、バスで近くの町からやって来る、普通の人なのだ。
言葉は通じないが、会うたび笑顔で迎えてくれる。
彼はなんとも優しい口調で、ガートを住み家としているホームレスの子供達にも、我が孫のように話しかけ、頭をなでる。

感謝、償い、贖い、いったい彼はこの川になにを拝んでいるのだろうか。
ガンジス川(フーグリー川は、ガンジス川の支流)で、生涯を全う出来ることは、この上ない幸福と言うが、死に際に全てを預けられる安らかな時がある事を、なにか羨ましく思える。

この日、爺さんには会う事が出来たが、土曜日は五体投地をお休みしているという。
変わらぬ、沐浴、洗身、洗濯、川の流れを眺めながら、またコルカタに帰って来たんだなとチャイをすする。

目的もなくガートを歩いていると、こっけいな格好で寝ている人を見つけた。
インドでは、路上で寝る事は珍しくない。
熱帯夜の日は、家の中より涼しく、寝心地が良いのだ。

 

(これはお昼寝)

 


(コルカタ、早朝のニューマーケット前)

 

駅構内でなら自身も何度か寝たはがあるが、彼は違っていた。

ジャーマンスープレックスを決められ、そのまま固まったような寝相なのだ。
今まで何度も面白い寝相を見てきたが、彼のポーズはなかなか変則的だ。
遠くから、1枚撮らせてもらった。

そっと近づいてみると、泥酔して漏らしてしまったのか、体から体液まで流れ出てきている。

ん?

それにしても何かおかしい。表情は穏やかな寝顔なのだが、首はありえない側に曲がり、息はしてなさそうではないか。

(一番最後に、その写真を貼り付けています。)

「Excuse me、マナステ」と声をかけても、やはり反応が無い。

もしかして?


近くにいる人に「Call ambulance! call police!」と声をかけた。

インドでは、人を焼いているところを何度も見てきた。
パンパンに膨れあがった、どざえもんも幾度か見てきたが、突然のこの光景は衝撃だ。(*2)

幾人か寄ってはきたが、彼をみて顔を強張らせると、すぐその場を立ち去ってしまう。
誰もが事態を把握すると、何事もなかったようにそそくさと去ってしまうのだ。

日本なら、列島を震撼させるような騒ぎだ。

先ほど、俺達を撮りなよと声をかけてきたクシュティー(インドレスリング)の兄ちゃんが目に留まったので、頼んでみた。

 

彼を見るなり、マフィアにやられたのかもしれないなぁ、とつぶやいた。
コルカタでは、マフィアどうしの闘争もあるという。

そして彼は、携帯電話を取り出してくれた。



(やられている方の兄ちゃんが連絡してくれた。警察が来たのは1時間以上経ってからだった。)


どうして、誰も電話してくれないのかと尋ねると、第一発見者は容疑者にされる事があるからだという。
それで、有罪になる事もあるようで、触らぬ神に、いや仏に祟りなしだ。


警察は、無理やりにでも手柄、実績をたてたいのであろうか。


この夜、床に入ると、ジャーマンスープレックスの彼の表情が、幾度となく脳裏をよぎった。

自身がこの世を去る時は、どんな所で、周りには誰がいるのだろう?


そして最後に目に映るものは何なのだろう。
などと繰り返し頭の中をよぎった。






(*1)
池や川岸に設置された階段状の親水施設。 
炊事や洗濯場のほか、水にまつわる場所を神聖視するヒンドゥー教徒の沐浴や葬礼の場として用いられる。

(*2)
日本とは違い、河原や、海辺といったオープンスペースに火葬場がよくある。
誰でも見物出来るし、そのまわりで子供が遊んでいたりする。
また見物していると
「そのカメラで彼女(遺体)と私達家族を撮って、写真を送ってくれませんか。」と声をかけられた事もある。
そして、病死や交通事故などで、一生を全う出来なかった人は、焼かれることなく川に流される事がある。

 


(追記)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

ヴァーラーナシーなどでは、流れてくる死体を見て、驚いたり騒いだりする者はいない。
船の漕ぎ手などは、進行の邪魔だと、カイで死体を押し返したりする。

特に珍しく、驚くべきものではないと言うのも、所変わればなのだろう。
確かに、宝クジが当たるよりずばぬけた確率で、誰もが1度は引いてしまうクジなのだから。

それは、日常と言えるのかもしれない。

 

 

 

 

~関連物の紹介~

 

ある日、不思議な夢を見て自らの死期を悟った父ダヤは、ガンジス河の畔の聖地「バラナシ」へ行くと家族に宣言する。家族の大反対もよそに、決意を曲げない父。仕方なく、仕事人間の息子ラジーヴが付き添うことに…。辿り着いたのは、安らかな死を求める人々が暮らす施設「解脱の家」。施設の仲間と打ち解けながら、残された時間を有意義に過ごそうとするダヤ。はじめは衝突しあうも、雄大に流れるガンジス河は次第に父子の関係をゆっくりとほぐしていく。果たして、ダヤは幸福な人生の終焉を迎えられるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、弁当箱のようにデカく重いロンプラを持ち歩いている旅人は見なくなりました。

昔は、宿に帰れば誰かが(主に白人)この本とにらめっこしていたものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2005/3/30の日記です。

 

朝からジュン君の、就職問題と、面接の練習に付き合う。

昼過ぎ、お母さん、ジュン君をはじめとする家族に見送られ、北西に向け自転車を走らせた。
いや、昼ごはんも美味しかったなぁ、、、
なんか食べ過ぎて、太ももを上げるとお腹が圧迫するようで少し苦しい。
ほんと谢谢である。


ジュン就職うまく行くよう祈ってるよ!

大通りに出た所で方向に間違いはないか、道行く少年に声をかけた。

もちろん中国語は話せないので「我去(ウーチィ(私は行く))」と言って、行く方向の地図を見せるのだ。
そして「OK?OK?」と親指を立てる。
これが、あんがい通じてしまうのだ。

すると少年は英語で「案内するよ!」と申し出てくれた。

彼の名前はクー、中、高校生ぐらいか。
反日教育が施されていると聞いていたが、日本人だと伝えても、笑顔がたえない。
彼の人柄が伝わる。


「この辺りの美味しい料理ってなに?」

「何人家族?」
「安いホテルを探していますって、(中国語で)なんて言うの?」
「前かごに入っている物はなに?」
など、たわいもない会話を交わす。

前かごに転がっていた大きな瓶は、蜂蜜だと言う。
その値段、なんと120元(1700円ぐらい)。
自分一人で食べるんだと、また笑顔がこぼれた。
中国の物価を考えるに、少年にはなかなかの高級品だ。

彼と並走してもう10kmは進んだであろうか。

方向はもう分かったから一人でも大丈夫だよと言っても、同じ方向だからと、さらに並走はつづいた。

その後も再び10kmは並走したであろうか。常識的に考えて、同じ方向だからと20kmも自転車を走らすであろうか。
僕の感覚では、コンビニ、スーパー、最寄り駅までの足として自転車を使うぐらい。
それ以上は、交通機関を使うだろう。

もしかすると、道案内の料金を要求してくるのではないだろうか?と彼を疑い始めた。

无锡市郊外に入った頃には、すでに黄昏時となっていた。


「そろそろ君とはお別れです」と彼が言った。
彼がどこまで付いてくるのか、少し心配になっていた僕は、心をなで下ろした。

そんなおり彼は何気に、ハンドルを切り、自転車を歩道に乗り上げさせた。
その時小さな段差で、前かごに転がっていた蜂蜜の瓶が勢いよく跳ね、籠からこぼれ落ち割れてしまった。
 

アッっと声をあげてしまったのは僕だった。

彼は声をあげる事もなく、表情が固まった。


「大丈夫?」


「うん、大丈夫。大したことないよ。」


と目を見開きながら、口角を上げて笑顔を作った。

「・・・・・」

割れた瓶はそのままに、彼が先に自転車を走らせた。

 

我々は、少しの間無言で自転車漕いだ。

 

突然彼は鼻唄を歌い始めた。


自身に、全然平気だし、

気にしてないし、

もう忘れたし、

終わった事だし、

と言い聞かせているようす。

 

そして、まだ少年だなぁと愛らしく思った。

 


建物はないが信号機だけが立っている交差点手前で

「じゃ僕はあっちに行くよと」彼は自身の行先を指さした。


ちょっと待って、と僕は自転車を止める。


ありがとうと握手し、そして道案内のお礼を言い、蜂蜜の事もあったので案内料をもうし出た。

「そんなの要らないよ」


そう言い放ち自転車を走らせながら、大きく手を振り、灯りのともりはじめた街に消えていった。

 

 

自分を恥ずかしく思った。



繁華街に辿り着くと、早速彼に教えてもらった
「有便宜的旅馆吗?(ヨ ピエイーダ リューカン マ (安い旅館ってありますか?))」
が本当に役立った。

 

個別指導料ぐらいは、払うべきだったな。

 

 

 

 

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