妹尾昌俊 アイデアノート ~学校づくり、地域づくり、人づくり~ -32ページ目

妹尾昌俊 アイデアノート ~学校づくり、地域づくり、人づくり~

ちょっとしたアイデア、どんどんシェアします。
たくさんの学校や地域活性化の取組を見てきた経験や、4人の子育ての中での喜怒哀楽から、
よのなかがもっと面白くなるヒントをノートします。
☆学校づくり×地域づくり
☆子どもが大きくなったら語り合いたいこと など

中室牧子先生の新刊『「学力」の経済学』、これもすごくいい本。一番は教育行政に携わる方に手にとっていただきたいけれど、教職員や子育て中の方にも強くおススメ。講演録のような感じで、一般向けにすごく読みやすい(経済学や統計学は知らなくても大丈夫)。

本書では、子育てや学校教育について、世間でなんなく信じられていることについて、それは本当なのか?と問いかける。たとえば、

○子どもに、テストでよい点をとればご褒美あげるとやるのは効果的なのか?
○子どもは褒めて育たほうがよい、は本当か?
○習熟度別学級や少人数学級は、学力向上効果はあるのか?
○もっとも子育て・教育に投資(お金や労力)するべき時期は子どもがいつ頃のときか?

などなど。興味深い研究成果をいくつも紹介している。著者の体験談や限れた事例からの考察ではなく、「それは統計的には事実とは言い難い、むしろこう推論するほうが妥当」とデータに基づいた議論を展開するので、とても説得力がある。ただし著者自身も述べているとおり、日本ではまだまだデータ整備と入手に制約があり、日本の研究成果は一部。米国や途上国の事例が多いので、日本、あるいは日本のある地域でどこまで当てはまるかは要検証ではある。

教育行政の方や学校関係者にとっては、とくに第4章の「少人数学級には効果があるか」と、第5章の「いい先生とはどんな先生なのか」は興味深いのではないか?

横浜市の小中学生のデータを使ったある研究では、少人数学級と学力向上との因果関係が統計的に認められるのは、小学校の国語くらい、それも小幅なものだ(偏差値が0.1上昇)。

巨額の財政赤字を抱えている日本で、「少人数学級になるときめ細かい指導ができる」などという根拠のない期待や思い込みで、財政支出を行うのは極めて危険だ(p.111)

また、中学3年生の学力を決めている要因として、35%は遺伝で、また34%は家庭環境で説明できるという。つまり、学校の影響は残りの3割未満というわけだ。これなども、子ども自身の努力を否定はしないが、学力は、子ども自身ではどうしようもない、家庭の影響が大きいというのも事実、ということを再認識させられる。もっとも、別の米国での研究によると、能力の高い教師にあたると、遺伝や家庭環境のギャップを帳消しにするくらい、大きな効果があったとの報告もあるという。

こうした研究からの政策的に参考となることは大きい。ひとつは、少人数学級など費用対効果の悪そうな施策よりも、教員の質を高めるような施策のほうが効果的である可能性が高いということだ。ただし、米国の研究によると、教員研修は教師の質を向上させるとは言い難いらしいので、やっかいだ。じゃあ、教師の質を高めるにはどうしたらよいのか?この点はまだよくわかっていないらしい。

本書では、このように、教育経済学、統計学でわかっていることはここまで、データに基づかない議論は慎重であるべき、という点をしっかり伝えている。一方で、具体的なメカニズム(先ほどの例だと、教員の質を高めるにはどうするかなど)はわかっていない点も多いので、まだまだ未開拓な部分はありそうで、今後の研究も楽しみ。

少しだけ気になった点も追記する。本書で紹介されているアプローチの多くは、おそらく、ある程度の量と期間で実施されている政策や取組の費用対効果などを検証する上ではとても強力な武器だと思うが、イノベーティブな取組、まだ統計的に分析するにはデータがそろっていない(N数が十分でない等)ものの分析には不向きだろうと思う。

とはいえ、企業の競争戦略とは異なり、義務教育などでは、そうそう違いを出そうとする必要性は高くないだろうし、リスクの大きいかじ取りは本来は慎重であるべき(だから前例踏襲が多くなる)。であれば、中室先生が述べているように、過去の取組やよその取組から、しっかりエビデンスを見て、それから何をやるべきか、何に重点をおくべきか考えるべきではないか、ということかとも思った。


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