今日は、佐川光晴さんの『校長、お電話です!』を紹介します。民間人校長がめちゃくちゃにしてしまった中学校に赴任した主人公の校長の奮闘を描いています。小説なので、もちろんフィクションなのでしょうが、リアリティがあります。学校の関係者なら、分かる~という記述も多いのではないでしょうか?
たとえば、市長が舞台となる百瀬中を学力推進校にして、著名な評論家を民間人校長に据え、成績優秀者を集めようとするのですが、その改革は早々にとん挫してしまうというくだり。この背景の指摘がなかなか示唆深いのです。
八田市長による「教育改革」は失敗に終わった。成績優秀者な小学生たちは百瀬中を希望せず、こぞって私立の中学校を受験したからだ。
・・・(中略)・・・リスクを嫌う保護者たちは、市長の独断専行による、効果も定かでない改革に、我が子は巻きこまれたくないと考えたのだろう。(p11)
このように、本人の意図、制度の趣旨とは異なる運用、結果となることはよくある話です。ゲーム理論の話を持ち出すまでもなく、相手がどう出るか次第でずいぶん結果が変わってしまいますね。
また、本書では教員の多忙化についても随所で触れられています。週休2日とは名ばかりだという点や、成績処理や引き継ぎ、大きな行事と学級づくりで忙しい3月、4月を経た5月の連休はほんとありがたいという点なども、なるほどなあと思いました。
次の話も興味深いです。主人公の校長が、以前聞いた父親(こちらも校長経験者)の言葉を思い出すシーン。
教務主任ともなれば、学級経営について助言したり、指導案の作成を手伝ったりするだろ。そういう時も、これ見よがしに自分の賢さを見せつけたりするんじゃないよ。先生方が提出してきた指導案に赤ペンで直しを入れるなんてのも、もっての外だ。いくらこっちの役職が上だって、大人同士の付き合いなんだからね。もしもオマエが自分の才覚をカサに着たりしたら、先生方は鬱屈した気持ちを抱えて授業をすることになる。当然、子どもたちに不寛容になるから、クラスが荒れて問題が起きる。それみたことかと先生方を指導しても、聞き入れてくれるはずがないよなあ。教員同士の関係がギクシャクしていたんじゃあ、学校が良い方向にむかうはずがない。(p163)
これは、教職員間のタテの関係、指揮命令系統がそう単純ではない、という点をよくあらわしています。個々の教員に授業をはじめとして、大きな裁量が与えられていて、その結果次第で学校や学級は大きく変わってしまうので、管理職や教務主任のようなリーダーは強く出にくいところがあります。おまけに、指示を聞いたふりをしてサボタージュする(さぼる)ことも容易な職場なので(個々の授業を管理職等がいちいち見る暇はそうそうないので)。
そのため、個々の先生の機嫌を損なわないように慎重に配慮した学校運営や分掌(教務、生徒指導、保健など)運営とするのが無難かつ合理的です。しかし、それだけでは教職員間の遠慮になり、切磋琢磨にならないという点もむずかしいところ。こうした微妙なバランス、配慮が大変なところをこの小説では突いていると思いました。
さて、以上はどちらかというと物語の本筋ではありません。メインは、この主人公の校長がどう学校を立てなおしていったのか、たとえば、前校長のパラハラでうつ病になり休職中の先生に再起のきっかけをどうつくったかですが、それは読んでのお楽しみということで。
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