ところで、当時、この武蔵や大和の建造に強硬に反対した人がいました、しかも海軍のなかに。これからは航空機が勝敗を決する時代になる、大砲巨艦主義は転換するべきだと。その人物こそ、対米戦争に最後まで反対していたことでも有名な、山本五十六です。
五十六については息子さんが書いたものも含め、様々な伝記が出版されていますし、映画にもなっています。僕はそれらを読んだ(見た)ことはありませんが、今回、友人の高校の先生がおススメしていたのをきっかけに、ひとつ読みました。工藤美代子さんの『山本五十六の生涯』です。
僕には他のものと比較できないのですが、本書の特徴は、五十六の多様なパーソナリティ、人となりをあぶり出している点です。
本書の冒頭のエピソードがこれを象徴しています。平成11年に五十六の故郷、長岡の方が彼の蝋人形をつくろうと思い、製作会社に写真を15枚ほど送ったのですが、五十六に似た人形がどうしても作れない。「写真によって、それぞれが別人かと思うほど変化が激しい。いったい、どれが本物なのか、プロの人形師でさえも判別がつかなかった。」「おそらく多彩な仮面をその手の中に隠し持っていたのではないか。」(p.15)
幸い、五十六は筆まめで、手紙が多く残っているそうです。また、五十六について語った人も多い。本書では、それらを丹念に紹介しながら、筆者の所感を含めて語ります。もちろん、それらの”エビデンス”は、五十六の仮面の一部を表すに過ぎないかもしれないし、虚構が含まれているかもしれません。
実際、文庫本600ページ近い本書を読んでも、正直、五十六という人がすごく分かったかと言われれば、自信はありません。でも、それが彼の魅力をあらわしているとも思います。信長などもそうですが、奥深い人をそうシンプルに理解できるはずはありません。
600ページ近いとはいえ、引き込まれるので一気に読めます。とくに印象に残ったエピソードは次のものです。
●アメリカへ留学中に、アメリカの社会をよく観察し、よさを素直に認めている。たとえば、男女問わず働きやすく、それがためにアメリカという国が発展していくと述べている。(p.114)
●海軍なので、洋上生活も多く、家庭人かと言えばそうではないが(それに、現代人の価値観から判断するには問題もあろう)、五十六は長男が生まれたとき、おしめを取り替えて洗濯したり、風呂に入れたりもよくしていた。また、長男が生まれてから日記を付け始め、公務のことは一切記さず、もっぱら長男の発育についての思いを綴っている。(p.121-122)
●五十六が霞ヶ浦海軍航空隊の副長時代には、夜の見回りを自ら率先して行っており、当時の部下が感激したことを回想している。(p.131)
●ある部下が病気のため医者から禁煙をすすめれた。五十六は「煙草は私も好きでなかなか止められぬが、しかし日本のためだ。君ばかりに止めさせてはおかぬ。僕も君と一緒に禁煙するから、君の健康のために止めたまえ」と言って、実際にそうした。(p.163-164)
→
(妹尾感想)「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」は五十六の名言として有名ですが、本当に彼が言ったことかどうかは分かっていないそうです。しかし、このエピソードや本書に登場する他の話を見ると、「やってみせ」を体現しているのが五十六のマネジメントのスタイルであること、そしてそのために本当に部下に慕われ、率先垂範の人だったことがよく分かります。
●当初は海軍内部からも反対にあっていた真珠湾攻撃が成功し、五十六は一気に時の人となる。また国内の世論も太平洋戦争に向けて盛り上がるが、五十六はこれを「からさわぎ」、「重大時局になればなるほど・・・コツコツやるのが真剣なので人が軍艦を三隻や五隻沈めたとて、何もさわぐには当たらないと思います」と手紙に書いている。
→
(感想)本書を通じて分かるのは、五十六の一貫した冷静な状況分析です。しかし、連合艦隊司令長官となった五十六は、仮に誤った(または甘い)状況分析に基づいた戦略や作戦であっても、忠実にこれを運用し、軍隊を指揮する責任をもっていたのでした。一方で、連合艦隊司令長官だし、軍神をあがめられていて絶大な影響力をもっていた五十六は、海軍の戦略、少なくとも最前線の戦術には相当の影響力があったはずです。この点、ミッドウェー海戦の作戦立案と運用での五十六の役割、影響力は本書を読んでも、いまひとつ謎でした。
最後にこのエピソードを。五十六が人生最後の数カ月を過ごしたのは、あの戦艦武蔵。しかし、「『大和』のときと同じように、五十六は『武蔵』に移乗してからも、この艦を一度も称賛したことはなかった。」
- 山本五十六の生涯 (幻冬舎文庫)/幻冬舎

- ¥946
- Amazon.co.jp
http://www.huffingtonpost.jp/2015/03/04/battleship-musashi-movie_n_6797806.html