北の山々には雪雲がかかっていた。
いよいよ本格的な寒さを感じた今日だった。
先日歩いた戦国時代の戦場跡の続き…?
戦いがあった川の反対側を歩いてきた。
過去の出来事は、それを伝えてきた人がいたから伝わってきたこと…。
石に文字を刻んだり、文章を残したり、今の時代に伝えられている過去の出来事は、そうした過去の人が残した手がかりから想像したこと。
歩きながら考えていたけど、自分自身が実際に会って接して印象にある人ってせいぜい祖父母の年代くらいまで…。
そのくらいの人たちまでしか、実際には知らないのだ。
親や祖父母が、そのまた親や祖父母の代の頃の人の話をして、そんなことをくり返しながら、過去の人のことが世代を越えて伝わって行く…。
現代に伝わる過去の人の話って、そんな長い時間を経ているって考えるだけで興味深い。
そして、そうやって人から人へ伝わってきたことなので、実際とは違って伝わることもたくさんあるはずだ。
そんなことを考えていたら、昔父親が言っていた父親の親や祖父母の話を思い出した。
父親の親である自分の祖父母のことは印象に残っているが、自分が知る祖父の姿とはまったく違う過去の姿の話を父親から聞いたことがある。
もう一度聞いて確認したい話なのだが、もう父親もいないので確認することもできない。
でも、あの話は自分の子供にも伝えておくべきなのかも…、って思った。
人はやがて終わりが来てその姿は消えていくものだが、その人の話は伝えていく人がいれば、世代を越えて残って行くかもしれない…。
今に残る過去の人の話って、そうやって残ってきたものだ。
と、そんなことを考えていると、突然思い出した…。
声枯れて 荒野に朽ちる きりぎりす
って、父親が子供の頃に祖父と歩いていて祖父が口にした句だとかなんだとか…。
これが何だったのかよく覚えてないのだが、突然この句だけハッキリ思い出して…。
これ、何かの暗示か何かなのか…?
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